あの頃ペニーレインと


<予告編>
ストーリー:1970年代前半、カリフォルニアののんびりした街で育つ少年ウィリアム。飛び級になるくらい頭はいいけど、どうもまじめすぎる。お姉さんは逆に自由がほしいお年頃。支配的なお母さんと喧嘩してさっさと家を出てしまう。出がけに弟に託したのがたくさんのロックのアルバムだった。ロックにひたり、順調にロックおたくになったウィリアムは評論記事を書きはじめる。カリスマ編集者レスターと知り合った少年は記事を書かせてもらうことになる。いっぱしのプレス気取りでライブ会場に乗り込んだウィリアムだけど、子供を相手にするやつはいない。そんななかで売り出し中のバンド、スティルウォーターのリーダー、彼をおっかける女の子の中で一番のカリスマがあるペニー・レインと仲良くなる。ライブの記事を書いたウィリアムにチャンスがやってきた。記事を読んだローリングストーン誌の編集者がスティルウォーターのツアー記事を依頼してきたのだ…..
監督キャメロン・クロウの自伝的ストーリーだ。監督の生まれはパームスプリングスだけど少年ウィリアムが育つ街はサンディエゴ。お母さんは大学の教員だ。ちゃんとした家庭でそだち、勉強ばかりできる少年。そんな少年がロックにめざめ、バンドマンたちとすごして社会にふれあい、簡単にいえばすこし大人になる。一夏の少年成長物語だ。『シングストリート』を思い出すよね。支配的で心配性のお母さんの手の内にいた少年は、一夏の経験をとおして心身ともに独立する。ウィリアムは、いかにもという感じの坊ちゃんぽい髪型に「お母さんコーデ」的な地味目の着こなし。言葉遣いだけはいっぱしで、ときどきアメリカ映画で見るませた少年、『天才マックスの世界』とかのあれだ。
外の世界を見るのと同時に女の子との出会いもやってくる。少年にはいかにも謎めいて、大人びて見える少女、ペニー・レインだ。「あたしたちはミュージシャンを応援するの、グルーピーとは違う」と胸を張る彼女だけど、スティルウォーターのリーダーに惚れていて、仲間の娘たちもそれぞれのメンバーといちゃいちゃして、どこから見てもグルーピー。ようするに彼女もちょっと痛いナイーブな子供なのだ。子供2人は学校の夏休み、バンドのツアーに同行することになる。他のグルーピーたちもついてくる。少年かには、なにもかもが目眩がするくらい新鮮なあれこれだ。彼らからするとカリスマであり大人なバンドマンたちも、じつはまだまだ売り出し中、方向性もマネジメントも定まっていない、身内でも喧嘩ばかりしてる若者たちにすぎない。そんな視線の物語だ。

映画のなかで主人公がであう「大人」は2人しかいない。1人はもちろんお母さん。少年を子供のからの中に引き止めておこうとする存在だ。お母さん役はフランシス・マクドーマンドコーエン兄弟の『ファーゴ』の渋い女性警官が彼女だ。顔がどっしりとごつく、母性と父性を同時にかねそなえているみたいなお母さんで、息子が急激に外の世界に飛び出していくのにとまどい、1人の男としてふるまいたい少年にどこまでもママとしてついてくる。なかなかに味わい深い存在具合だ。監督は撮影現場に実の母親が来たとき、「やばい!」と思って母とフランシスを合わせないように画策したそうだ。母親をモデルにしているので色々気まずかったんだろう。でも監督がちょっと席をはずして戻ってみると母とフランシスは一緒にランチをしていたという。この小オチ的展開。
もう1人の大人は少年にロック評論への扉をあけてやるレスターだ。レスターの出番は短い。ほとんど機能的ともいえるメンター役で、最初にかれを見いだし(会うのはそのときだけ)、あとはポイントポイントで少年の電話にこたえてどうあるべきか伝えるのだ。演じるフィリップ・シーモア・ホフマンは思索的な面はださず、勢いのあるかっぷくのいい男系で演じている(方向性は違うけれど『パンチドランク・ラブ』とかもそうか?)。あとは少年にとっての「社会」「責任」を象徴するローリングストーン編集部のひとびとがいる。めくるめく経験に溺れそうになる少年に原稿を催促し、できあがった原稿はきびしく審査し、「大人になること」のもう一つの面をバランスよく見せている。
お話は基本ウィリアムの成長物語なんだけど、監督は少年視線だけにせず、彼が同行するバンドももうひとつの主人公として描いている。実質的なリーダーであるギタリストと主役面されたくないボーカリストのいがみ合い、お友達の素人マネージャーが力不足でいろいろトラブルにあい、レコード会社がプロのマネージャーを送り込んできてバンドが自由さを失いかけ、そして空中分解の気配がではじめて….的なあれこれだ。彼らも彼らで成長なり変化なりを一夏でいやおうなく経験するのだ。
同士みたいに手をたずさえて大人の世界にふみこむ子供2人。少年はつぎつぎ色んなものを獲得していく。少女が獲得したかったのは大人の男のハートだ。男は彼女を獲得しておいて、でも彼女に獲得させない。そのアンバランスさが物語の残酷さでもある。ペニー・レインちゃんは、演じるケイト・ハドソンの少しくちゃっとした顔もふくめてジャニス・ジョプリンをほうふつとさせる。ちなみに家を飛び出るお姉さんはCAになりひょんなところで弟と再会し、なんだかいい感じで心暖まる系に昇華していく。お姉さんは『500日のサマー』のズーイー・デシャネル