「歴史の闇」をエンタメにするとき−2 福田村事件

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ストーリー:1923年9月、東葛郡福田村(今の千葉県野田市)の村人たちはハイテンションになっていた。前日の関東大震災の後、国内の朝鮮人たちが狼藉を働いているというのだ。在郷軍人(元軍人)を中心に自警団が結成され、武装した男たちが検問所をつくる。近くでは讃岐出身の行商人の一行が足止めになっていた。しびれを切らして移動を始めた行商人の一行。見慣れない身なりと言葉の集団に村人たちの1人が「朝鮮人だ!」と叫ぶ......

本作が描くのは関東大震災直後にあった朝鮮人たちへの集団殺人・暴力、その余波として起こった日本人への誤認による集団殺人だ。『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の事件と奇しくもほとんど同時代。事件の発生時には新聞記事にもなって、裁判で何人かは有罪になった。でも数十年後に被害者の関係者が解明を訴えるまではほとんど葬られていた。

本作は監督森達也とプロデューサー・脚本家チームがそれぞれに企画を進めていて、あるところでジョイントして制作、公開にこぎつけた。お互いに我慢しあってとにかく完成させようというところもあったのかもしれない。前にも書いたけれどアメリカや韓国では近過去の負の歴史をそれなりの規模の映画に仕上げて公開する、1つのジャンルがある。日本ではメジャーで公開される、ましてや制作されることは明らかに少ないだろう。本作もとうぜんインディーだ。事件の概要がわかるルポルタージュがこちらの本。企画協力で参加している作者は、たぶんプロのライターというよりライフワークとしてこの事件を時間をかけて掘り起こしたみたいに見える。

でも本作、そんな制作のエピソードやテーマから想像すると意外なくらい、ウェルメイド感すらあるよくまとまった作品だった。クライマックスはとうぜん事件そのものになるのだが、そこに絡む人々の群像劇になっていて、かれらの愛憎、プラス愛欲がこってりと見せられる。映像も例えば塚本晋也作品のようなミニマルな制作体制が想像できる風景じゃなく、きちんと古い村や街の景色がオープンセットで映り込んでいる。東映や松竹の協力で撮影所でも撮影しているようなのだ。集団劇に登場する人物たちの衣装もちゃんと準備されている雰囲気だ。

それ以上に、メジャーで活動している俳優たちの出演がおおきい。日本人観客じゃないとぴんと来ないけどね。『キラーズ・オブ・ザ・・・』が名優たちの共演でありがたみが出ているように、井浦新永山瑛太東出昌大田中麗奈豊原功補など見慣れた人々が映るとなんとなく映画自体メジャー感が香る。やっぱり役者って偉大だ。井浦新若松孝二トリビュートの『止められるか、俺たちを』でも座長格だったから骨のある映画を支えようというマインドがすごくあるんだろう。他の人々もベタな言葉だけど「役者魂」的なものを感じる。いまだと本作みたいな作品には腰が引ける事務所や俳優がいてもぜんぜんおかしくない。

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(c)福田村事件プロジェクト2023 via cinewind

そんな役者たちを使い、ドキュメンタリー専門で劇映画は初演出だという監督のわりに、なんていうか既視感があるくらい、日本の劇映画でお馴染みの描き方や演じ方で撮られていて、風景も美しく、全体に映画として異物感がない。観客には行商人、村人たちそれぞれの心情が無理なく飲み込める。そして本作はクライマックスで起こる悲劇が分かった上で見る映画だから、否応なく迫るカタストロフィに向けて観客はカウントダウンを強いられる。『この世界の片隅に』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』と同じだ。全体として、エンタメ性を高めて間口を広げた本作の作りは正解だと思う。作り手たちが「今の時代にこの事件に光をあてて人々に届かせたい」と思うならなおさらね。

ただ、これはほとんど難癖だけど、さっき書いたメジャーな俳優たちの集合が、昔風の格好に身を包んでいてもちょっと格好良すぎるところはある。井浦、東出、瑛太それにコムアイもみんな背が高く美しく整った顔で、戦前の村人風とはちょっと違う。村娘や行商人の男女もみなさんきれいめな俳優が多い印象だ。差別に苦しむ行商人と、凡庸な村人が突如凶暴性を帯びる怖さ、その辺りが絵面上いまいちどすんと来ない感がある。

その点1人リアリティがあったのが在郷軍人役の水道橋博士だ。小柄でずんぐりして軍服が少し滑稽に見えるあのバランス。戦前の軍人ってああいうバランスの人が大多数だったはずだ。当時の男の平均身長は160cmそこそこだからね。

まあここを嘆いても始まらないかもしれない。作り手は承知だろう。絵面を必要以上に地味に土着的にしても届きにくい。本作はエンタメなのだ。舞台の野田市利根川べりの風景だってロケはほとんど近畿地方だ。東出が演じる船頭がいる利根川の渡し、滋賀県の湖岸の公園で撮っている。すごく美しい水辺の光景だ。利根川河川敷の荒涼とした氾濫原は少し違う。実際の事件現場の今は下の写真の雰囲気だ。

事件の現場のいま

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