「歴史の闇」をエンタメにするとき−1 キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン

 

youtu.be

<公式>

ストーリー:</emアメリカ先住民オセージ族は追われて移動したオクラホマ居留地で巨大な油田が発見され、全米有数のリッチな人々になった。オイルマネー目当てに全米から集まった白人の1人、ウィリアム・ヘイル(ロバート・デ・ニーロ)はオセージ族の信頼を得て土地の名士になっていた。甥のアーネスト(レオナルド・ディカプリオ)はオセージ族の女性モリー(リリー・グラッドストーン)と結婚して暮らす。しかしモリーの親族は1人また1人と死んでいく.....

マーチン・スコセッシ監督、2023年公開。本作の舞台は1920年代のアメリカ。白人入植者たちのネイティブ・アメリカンに対する残酷な歴史の話なのと同時に、創立されたばかりのFBIの捜査官たちの話でもある。事件はほとんどのアメリカ人に忘れられて埋もれていたけれど、FBIの活躍を描くストーリーとして映画やドラマ化もされていたらしい。

原作はアメリカのジャーナリストのルポルタージュで、発行は2017年。スコセッシは映画化にあたって、当事者だったオセージ族と対話を重ねて、脚本にも意見を取り入れ、撮影にも参加してもらい...とかなりていねいに、言い換えれば気を使って制作している。どこから発火するか分からない題材なのを十分すぎるくらい分かってのアプローチなんだろう。

原作はおおまかに3部に分かれている。オセージ族の連続殺人が起こるパート、捜査官ホワイトが事件を探り、あらゆる障害を突破して裁判までこぎつけるパート、そして一件落着したと思ったら隠された別の闇が...というパートだ。物語的なところでいうと視点は捜査官側で、ホワイトの上司であるFBI創設者フーヴァーも重要人物だ。オセージ族の主要キャストはモリー。アーネストは事件の登場人物の1人だ。

映画化するとき、原作どおりホワイトを主人公にしてディカプリオが演じる予定だったそうだけど、彼の意見もあって、アーネストにフォーカスした物語になった。そして第2パートで物語は終わっていて、エピローグ的に、当時この事件をエンタメ化した奇妙なステージ(ラジオドラマらしい)のシーンになる。本作自体、事件をエンタメ化してるわけで、ちょっとメタな締め方だ。

https://m.media-amazon.com/images/M/MV5BZmMyMDc4NWMtZmUzNC00ZjczLWE1ZmYtYWQ3ZTk4ODBmYzE2XkEyXkFqcGdeQXVyMTkxNjUyNQ@@._V1_.jpg

(c)Apple TV+ via Amazon.co

本作をみると、エンターティメント映画は「個の物語」が必要なんだな、とよくわかる。事件を構造的に描くノンフィクションから、被害者側の中心にいるモリーと収奪する白人側の夫アーネストの「個」の葛藤を抜き出した。だから事件全体の構造は少し後ろに下がって、分かりやすい悪の権化であるヘイルと、姉妹と母を次々に失うイノセントなモリーの間で引き裂かれるアーネストのドラマに、ある種少し矮小化されたところはある。

というのも、当時オセージ族が特権的に持っていた油田の利益を受ける権利と財産を狙って結婚する白人はそこらじゅうにいたのだ。そしてオセージ族の親族たちはなぜか次々と早死にした。そもそもお金持ちといいながら、オセージ族は日本で言う禁治産者で、白人の後見人に「あれを買いたいから何ドルくれ」といちいち申請しないと自分の金も使えなかったのだ。後見人が仕事に忠実で高潔な人物ならまだいい。でもここでも書かれている通り、その立場になってクリーンでい続ける方が少ないだろう。映画でもそのシーンは何度か出てくる。

とにかく、原作によれば本作みたいな連続殺人は、たまたま捜査局が執念深く調べ上げて全貌が明らかになったもの以外にいくらでもあり、というかごく普通におこなわれていて、事件化すらしていない。銃殺以外に毒殺や薬で衰弱させるのもよくあったらしい。映画でも冒頭でそれを匂わせるシーンがちらっとある。ただどうしても主役3人の事件のサスペンスとエモーションを引き立たせる作りになるのはしょうがない。だいたい本事件まわりだけで『ゴッドファーザー』なみにあらゆる手口の殺人が10件以上起こるから観客はお腹いっぱいになるし、スコセッシならではの即物的な殺人描写でこれ以上ないくらいひやっとさせられる。

叔父である悪の権化、ヘイルに逆らえず、ヘイルほどになれず、しかも罪深いくらいに愚かなアーネスト。ディカプリオの役の中でもかなりいい。デ・ニーロはいつもの滋味溢れる笑顔を怖い意味で使い、観客の憎しみを十分に集める。そして何よりモリー役のリリー・グラッドストーン。彼女今まで知らなかった。役としてはしっかりものながら無力で、怪しいと分かりながら夫を信じようとしてしまう人なんだが、どこか悟り切ったような超然としたアルカイックスマイルを浮かべる彼女の高貴さは、物語のキーストーンになっている。じっさいのモリーの写真は上の原作本サイトで見られる。

物語の舞台になったオクラホマ州、オセージカウンティーのグレイホース。いまは油井なんてないし、新興都市のお祭り的な盛り上がりの名残もない。


◽️アイリッシュマン

youtu.be

<公式>

スコセッシの前作。だいぶ前に見た。デ・ニーロがアイリッシュ系ギャングの一代期を演じる。『ヒート』以来の共演のアル・パチーノ全米トラック運転手組合(IBT いわゆるチームスターズ)のボス、ジミー・ホッファ役だ。デ・ニーロは名前こそイタリア系っぽいしマフィア役も多いけれど、父親はイタリア×アイリッシュ、母親はゲルマン、アングロサクソン系だから、アメリカ人の中ではそんなにイタリアぽくもないんだろう。

本作はCGを駆使して駆け出し期のデ・ニーロの顔は若く作り替えている。前に『ノクターナル・アニマルズ』で青春期の主役たちの顔が不自然に若くて気持ち悪かったけど、たぶん今ほど洗練されてない同じ技術を使ったんだろう。

お話の印象は見たのがだいぶ前だからあんまり覚えていない。数十年のギャング一代期でありつつ、3つの時期をカットバックしながら同時に走らせて、ちょっとタイトな雰囲気と老いることの哀愁と同時に見せている。