ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

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<公式>

ストーリー:1969年、LA。リック・ダルトンレオナルド・ディカプリオ)はそろそろ落ち目のTVスター。西部劇ヒーローやFBIモノなどタフな役で人気だったけれど、最近はかませ犬的な悪役が増えてきた。クリフ・ブース(ブラッド・ピット)は専属のスタントマン、兼、付き人。リックの豪邸までキャデラックで送ると、自分はぼろいカルマンギアでトレーラーハウスに帰る。リックの隣に越してきたのは新進監督ポランスキーと女優シャロン・テートマーゴット・ロビー)。そんな3人がある日....

しかしこのタイトル、原題のままでよかったとは思うけれど、日本語泣かせだ。まず、やたら長くなる。あと、ぼくは英語をカタカナで表記するときに単語の間に〈・〉をいれるのがあまり好きじゃない。デフォがこれだから合わせるけれど、本作の〈・〉の数はどうだ。

さて、タランティーノである。ブラピとディカプリオである。そしてポップな映画産業のお話だ。最近作の中でも、いや過去作もふくめて、彼の映画の中では間口が広いほうだと思う。じっさいは半分歴史ものだ。50年前の物語ですよ。でも登場人物のファッションも、今風とはいえなくてもノスタルジックには見えないし、景色も車も凝りにこって時代考証しているけれど『3丁目の夕日』的には見えない。

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それからもちろん俳優たち。さすがにフレッシュさはどうかと思う。少々『あぶない刑事』風味が漂わないでもない。でも、おっさんである僕から見ればブラピは十分に格好いいし、ディカプリオもなんともいえない存在感と愛嬌があって、この2人で十分に画面が華やかに見える。それにマーゴット・ロビーの絵に描いたようなヒロイン感。王道の映画らしく、スターの魅力をそのまま見せていて、キャスティングで楽しませる1作だ。

監督はそんな分かりやすい魅力をたたえた画面のなかで、1人の消えていった女優をひとびとの記憶に再生させようとする。シャロン・テート。当ブログでは夫であるポランスキーの『吸血鬼』『ローズマリーの赤ちゃん』の中でちらっと触れている。『ローズマリー』が1968年だから本作の舞台はちょうどその頃だ。公式の中でも彼女について紹介しているから、見る人は彼女について、クライマックスになるであろう事件について、知っていてね、というつくりだ。

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つまりポップで楽しげなショービジネスや幸せそうなシャロンのシーンを見ながら観客は「あの事件」に向かってカウントダウンすることを強いられているのだ。『この世界の片隅に』と同じつくりだ。すずさんのコミカルで健気な日常を見ながら、ぼくたちは広島に原爆が落とされた8月6日に向けてカウントダウンせずにはいられない......本作もそうだ。

シャロンは女優としては大成しなかったひとだ。そもそもセクシー女優枠で、演技力なんてたぶん期待されていなかった。本作でも彼女はたいして知られていない。街を歩いても映画館にいっても誰もよってきたりはしないのだ。そんな彼女が、自分の出演作を見に行くシーンがある。本作で、もっとも美しいシーンの1つだ。自分が生きていこうとする道、その仕事を観客たちの中で自分も確認する......女優じゃなくても、ミュージシャンでも作家でもなにかの作り手でも、自分の関わったものがどんなふうに人々を幸せにしているのか、それが実感できたらこれ以上の幸福はないだろう。

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ブラッド・ピットはさすがに少し歳をとったかもしれない。かつての何の注釈もいらない圧倒的な格好よさとかセクシーさは、そのまま同じ見せ方はできない。相変わらずマッチョだけれど、(たぶん意図的に)腹も多少出している。それでも、意外なくらい暴力が少ない本作のなかで、1人で暴力を担当しているのが彼だ。貧乏暮らしで、雇い主がファーストクラスで移動する同じ飛行機でエコノミーに乗るような彼だけど、じつは身につまされる現実感がある存在というよりは、出演者のなかでも1番シンボリックな、映画の格好よさを体現する、ちょっとファンンタジックな存在なのかもしれない。とはいえ、彼のセリフには、はっきりと映画の外の重い現実、つまりかつてのタランティーノの盟友、自らの性暴力で破滅したハーヴェイ・ワインスタインの件が影をおとしている。

ラストはそこまでの抑えめの描写から、タランティーノらしい、しょうしょうぶっ飛んだクライマックスへと行く。あぁそうか、と見ていて思った。この世界の中ではこうなんだ。これが彼なりのシャロンの供養のしかたなんだろう。

ところで、クリフが飼っている愛犬。家に帰った彼が定番のドッグフードの買い置きを出して、自分の飯と一緒の夕飯シーンがある。LAモノの古典、『ロング・グッドバイ』でフィリップ・マーロウが愛猫にいつものフードを与えるために苦労するシーンを思い出した。ただし、こちらの愛犬は獰猛さで知られるピットブル。愛玩犬じゃないのだ。そこもまた....

■画像は予告編からの引用

 

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