散歩する侵略者

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ストーリー:鳴海(長澤まさみ)と真治(松田龍平)の夫婦仲は冷え切っていた。行方不明だった真治が帰ってきても鳴海は不機嫌だ。記憶を失い、別人のようになった真治は告げる。「僕は宇宙人なんだ。地球の侵略に来た」....それは本当だった。他にも2人、人間に乗り移って情報収集を続ける宇宙人がいる。フリージャーナリストの桜井(長谷川博己)もそれを知り、彼らと行動を共にするようになる....

黒沢清監督、2017年公開。舞台劇の映画化で、ジャンルでいえばサスペンスSFだ。地球侵略モノ、それも『ボディー・スナッチャー』『ヒドゥン』タイプの、宇宙生命体が人間の体を乗っ取り、乗っ取られた人は外見ではわからない....というストーリー。

本作の宇宙人たちは先遣隊。まずは地球の片隅にある、関東地方の郊外都市に潜入して情報収集を始める。人間に化けて人間たちと交流し、彼らの思考を理解するのだ。そのためにかれらは〈概念〉をあつめる。人間と話して興味を持った概念があると質問攻めにしてそれを具体的にイメージさせてから「それ、もらうよ」といって頂くのだ。副作用があって、頂かれた相手からはその概念が失われてしまう。

つまり、この物語は概念とそれに縛られる人間たちを描く一種の寓話といえる。「家族」を頂かれた相手は急に当の家族によそよそしくなり、所有の「の」を奪われた相手は奇妙に解放され、「仕事」を取られた社長はとつぜんアホになる。このアイディアは途中までなんとなく散発的にも見えるけれど、クライマックスでは、もっとも抽象的だけど大事な概念の受け渡しが物語をしめくくる。

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物語は大きく2つの流れが並行して進む。鳴海と真治のパートは概念をめぐるどちらかというと静の物語。桜井と男女の高校生(を乗っ取った宇宙人)パートは、アクションムービー、潜入作戦とか犯罪者の逃避行モノのトーンだ。女子校生が戦闘能力の高い武闘派で、この辺りの役割の配分は今っぽい。

侵略に気がついた政府の秘密チームはマシンガンを持って追ってくる。いつの間にか世間にも影響が広がって、終盤はパニックムービー的な雰囲気になりつつ、宇宙人の作戦はどうなる?というハラハラや終末的雰囲気まで加わって物語は急速に壮大になっていく。

 

でも意外にも本作、黒沢作品の中でも屈指の笑える映画だ。

鳴海と真治の物語は、「地球侵略の危機」という状況と2人のテンションのずれがおかしみの源泉だ。妻は理由もあって夫に対して常に怒っている。夫(=宇宙人)は人間理解中だからぼんやりしている。松田龍平の感情のつかみどころのない芝居もあって、侵略者らしい攻撃性のかけらも感じられない。だから2人の会話は地球侵略の話をしていても家事分担をめぐる夫婦の言い合いみたいなトーンになる。

一方桜井と2人の宇宙人パートは、黒沢作品にいつもある独特のキッチュさがおかしみの発生源かもしれない。アクションもバトルシーンも、さらにその先も、本当っぽく見せようとしてると思えないのだ。武闘派女子校生の格闘シーンは流石に実写じゃ難しいけれど、何度か出てくる銃撃シーンもじつに軽い。そしてクライマックスに向かう、それなりに派手なシーンも「これ....狙いか!?」と疑念がよぎる嘘っぽさだ。

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黒沢作品は終盤にカタストロフが時々出てくる(『回路』『カリスマ』)。都市が炎に包まれたり破壊されたり。必ず狙ってるかのような作り物感でそれを表現してくる。これは彼独特の好みなんだろうか? 時々わざと使う(本作でも!)車内シーンのリアプロジェクション(車の背後に外部の映像を映写して運転してしている風に見せる)の古めかしい映像のように? 「あなたは今映画を見ているんだよ」と意識させようとしているみたいだ。

監督はストレートにジャンル映画をやるにはあまりに映画的教養がありすぎるのかもしれない。だからどこか批評的な、「この手の映画ってこういうシーン、あるよね」と言ってるかのような距離感を感じてしまうのかも。本作はSFだけど、もっと観念的にとどめておくことも多分できたはずだ。『ガタカ』みたいに、実在の建築や自動車(それも古いもの)を使って未来の風景だと納得させるやり方もある。原作のキモはやっぱり「概念をもらう」という、観念的なところだ。

でも本作はあえて娯楽SF大作が数万倍派手に描くだろうシーンまで省略せずに見せた。作り手は、斜に構えた批評的スタンスなんてとるつもりもなく、正面から娯楽作として勝負したのかもしれない。『スパイの妻』のインタビューで、十分すぎる名声のある監督は「1度でいいからヒット作を撮りたい」と語っていた。残念だけど本作の興行収入は2億も行っていない。でも、ファーストシーンで見せたけれんみたっぷりのカーアクションは「派手にいきますよ!」とたしかに言っている。

 ■写真は予告編からの引用

 

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