夜明け告げるルーのうた


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ストーリー:古い漁業の町で父と祖父とくらす中学生カイは宅録が趣味。今日も海辺の小屋で演奏していると人魚の少女があらわれる。水をあやつって陸にもあがれるルーは音楽とダンスが大好き。同級生とバンドを組むことになったカイとも友だちになる。でも祖父は人魚は恐ろしい、人間を食べてしまうのだという。イベントですばらしいパフォーマンスを見せたルーに急に町の大人たちの注目があつまり、町は人魚をテーマに一大観光振興にのりだした……

まずは、だれでもいうだろうことをやっぱり言わずにはいられない。「ポニョ」。いや、パクっているとは決して言わない。違う話だ。でも「ポニョへのオマージュです」といってもいいんじゃないか、作り手もね。ポニョは人面魚だけど、少年との交流も、西日本の古い漁村を舞台のイメージソースとしているところも、終盤のカタストロフも、すくなくとも同ジャンルといっていいお話だ。たとえば海の精との話という意味では近いはずの『ソングオブザシー』とくらべるとね。いいじゃん、むこうは巨匠の怪作なんだから。こちらはお話的にはだいぶまとまっている。じつはそこが若干は入り込めなかったんだけど、ただしイメージの豊かさはそこなわれていない。


湯浅監督ははじめて製作するオリジナルの劇場作品に、共同脚本家を呼んで「王道の長編アニメーションを目指した」というとおり、思春期の少年の変化・地方にいる若者の閉塞と「外」・地域おこし的思惑・ファンタジックな異世界との交流…..じつに色んな要素を密度たかく入れこんで、最後はちょっと『カリオストロの城』を思わせる抜けのよさを用意している。「生活描写も入れた」というとおり、描き込んだ伝統的集落の風景や室内の絵とシンプルなキャラクターの日常動作の組み合わせ、というまさに今の日本アニメの王道表現がはいっている。中学生3人が仲良くなっていくやりとりとか、最近ホントに多い田舎のじいさんを格好よく描く感じとか、既視感があるアニメ的表現で、このあたりだけ取るとちょっとぼく(と多分大多数の湯浅ファン)が期待する「らしさ」をおさえちゃっているんじゃないかと思ってしまう。

でもオープニングはすごく気持ちいい。カイがつくった妙にベースラインが格好いい曲がYouTubeで再生されるシーンの、音と映像のシンクロ具合がちょっと他のアニメではなかなか見られないクールさだ。そしてルーが現れるあたり(わりと序盤でね)から監督ならではの「よく動く絵」「とびまわる(仮想の)カメラ」「教科書的リアルからはなれたポップなイメージの氾濫」が全開になりはじめ、見ている快感が増してくるのだ。ぼくが最高にすきなのは中学生とルーが町のイベントで曲をはじめるシーン。ルーのパフォーマンスで町の大人たちの足が自然にうごきだし、全員の群舞シーンになるのだ。動画は目で追い切れないスピードで描かれ、足だけはとらえやすいようにアメリカのカートゥーン風のソラマメ型になっている。

おはなしは、終盤でカタストロフになる。ネタバレにならないようにぎりぎりで書くと、ポニョの終盤とおなじ「町が海に同化する」シーンがあらわれる。ひとつ思うのは、3.11以降でこのシーンを入れるのには内外の抵抗がたぶんあっただろうなということ。ということはそれだけ作り手にとって大事なシーンだったんだろう。それもあって作り手はそこに「暴力」と「死」の匂いがしないようにすごく配慮している。物語は海=異世界が人にとっての脅威や敵じゃなく、もうひとつの生きる場所じゃないかと感じさせる方向にいく。人魚のちからで重力にさからってゼリーのように空中を飛び回る海水はどこか暖かそうで、人を深海に引きずり込むんじゃなく、上空に連れて行く。

全体的な印象だと、一夏の物語にしては、ちょっと要素詰め込みすぎじゃないかという感じ。だってとつぜん廃墟だったテーマパークの大改修プロジェクトが持ち上がって、それが夏の間に完成しちゃってるんだよ。年単位でしょうふつう。あと、話として多数派に開いたものにしようという結果か、後半で人魚は敵じゃないことをちょっと説明的に描写するところがあったり、なんだか全体にもうすこしシンプルに(舞台をしぼりこんで)もっと強い話にできたんじゃないかなあ……って観客はワガママですね。思うに、監督はオリジナル作品で「カルトな作家」感がますます濃くなるのは避けようと思ったのかもしれない。おはなし上は「なんか……あるよなぁ」とは感じたけれどイメージの豊さと独特さには十分圧倒される。表現も物語世界も独特になりすぎるとさすがに辛い、というバランス感覚なのかもね。

物語のなかで「傘」がモチーフとして何度も出てくる。カイの祖父は海からはなれて傘職人になっている。太陽の光が苦手な人魚のルーは陸にあがるときは傘が離せない。そして終盤のシーンでほそい街路の上空一杯にカラフルな傘が開いている風景になる。ポルトガルのお祭りがモチーフだ。町の風景は京都府伊根尾道あたりの風景、それ以外のいろいろな風景がミックスされている。ぼくは全国の漁村、それも山が迫って平地が少ない(ちょうど物語の舞台みたいな)集落を見るのが大好きで、本作の立体感がある町の景色は「あぁ、そうそう!」といいたくなった。あの島はともかく、ああいうダイナミックな景色の漁村、意外とあるんですよ。