きっとここが帰る場所 ーThis must be the placeー  


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ストーリー:シャイアン(ショーン・ペン)は元ロックスター。すべてに気力をうしない、引退同然で、消防士の妻とダブリンの豪邸でくらしている。なぜか現役時代のゴスっぽいメイクと格好のままでショッピングモールにでかける。そんな彼にチチキトクの知らせがはいった。ふるさとはNY郊外の正統派ユダヤ教徒の町だ。けっきょく死に目に会えなかった彼は、父が生涯ナチ収容所の親衛隊員に復讐するべく追い続けていたことを知って、その相手を探すたびに出る……
ナチハンターを「やってみる」元ロックスター。この話の奇妙な味わいはそれを2010年という時期に設定してることだ。第二次世界大戦が終わってから65年。戦犯は若くても90代。疲れ切ったロックスターは50代(白塗りすると60にも見える)。もちろんナチハンターたちの活動はいまでもつづいている。2013年になっても「これが最後のチャンスです!」というキャンペーンをやっている。でもさすがに「ラストチャンス」といわないわけにはいかないのだ。
たとえばこれが20年前、1990年の物語だったらどうだろう。ナチ戦犯は、高齢化してるとしても70代くらいならいる。敵役には十分タフで憎らしい相手になるはずだ。ロックスターも10歳くらい若返らせると、ぜんぜん違う話になるよねこれは。下手するとアクションムービーだ。でも監督はそうしない。もちろん。ほぼ枯れ切った、ゆったりした、ややもすると大貫妙子とか原田郁子のテーマソングが流れかねない雰囲気すら感じさせる映画にした(ま、そこまでソフトじゃないけど)。

ホロコーストものは基本的に立ち位置の自由度は低い、と思う。物語の描き方だって足かせがはまるはずだ。だってさ、たとえば極端な言い方すると「収容所に配置された若きドイツ兵たちの青春」を描く映画を撮ろうとしたらどうよ。最後に耐えがたいくらいの懲罰がくだるか、懲罰と呼べるくらいの罪悪感にさいなまれることにしないと、存在すら許されないんじゃないか。まともに公開される映画だったらまずむりでしょう。殺人鬼をポップに描く映画はありでもね。
監督はまず、ナチハンターの題材があって、それをいかにもそんなことをしなさそうな個人が追跡する話にしたくて、やる気をうしなったポップスターという設定にたどりついたといっている。もちろんこのネタを扱うリスクは承知だろう。そんな脚本を、監督はカンヌで知り合った東欧/ラテン系ユダヤの血をひく名優に送る。そして奇妙なナチハンターを演じてもらうのだ。なんというかさ、「企画力」を感じるよね。どことなく。
シャイアンの追跡劇はドキュメンタリックに描かれてるわけじゃない。追跡はデヴィッド・バーンの80年代の映画『トゥルー・ストーリーズ』をちょっと思わせる中西部の旅となり、どことなく奇妙な人たちとの静かで味わい系の出会いをいくつかこなすと、そんなに苦労もなく彼のミッションは完了する。きちんとゆるさを残して。

シャイアンがロバート・スミスをモデルにしてるのはこれを見ると分かりすぎるけれど、晩年のマイケル・ジャクソンも何となく思い出すとこがある。格好の方向性も、か細い声でしゃべるところもね。彼はそうとう奇妙ななりをしてるわけで、しかも後半の、アメリカの田舎に行った日には、マッチョな首の赤い男たちに小突き回されてもおかしくないはずなのに(←行ったことないヤツの偏見)、だれもがそこは何の突っ込みもいれずに付き合う。もちろんわざとで、そこも映画の世界全体をどことなく奇妙な場所にしてるのだ。
画面はわりとうつくしい。見ていて気分がよくなる。前半のダブリンのパートは彼や彼をしたうゴス系の女の子やこつぶな周囲のひとたち、それに彼を現実世界につなぎとめる、森の中のカツラの木みたいにがっしりした奥さん(フランシス・マクドーマンド)がまったりと停滞した世界をいろどる。ちなみに彼らの邸宅の後ろにいつも見えている奇妙な巨大建築は、AVIVA Stadiumというサッカー/ラグビー用スタジアムだ。下の写真のロケはここ。スタジアムのエントランスからは裏側で、何だかダブリンの狭小住宅密集地ふうの奇妙な場所だ。で、後半、アメリカの旅がはじまると『パリ・テキサス』『バグダッド・カフェ』系の「ヨーロッパ人が見たアメリカ中西部」モノらしい切り取り方で、これもちょっと懐かしさもありつついい感じだ。追跡の中で出会うレイチェル(ケリー・コンドン)は美脚も含めてこれまたいいのだ。そしてもちろん音楽。

タイトル、メインテーマになった曲の作者、そしてアーチストとしての本人役……デヴィッド・バーンのフィーチャーっぷりも企画力を感じる(彼のフィーチャーが客を呼ぶかはともかく)。ぼくもたしかに1980〜90年代、トーキング・ヘッズが好きで聞いていた。『トゥルー・ストーリーズ』だってよろこんで見に行った。映画の中で、そこそこ年老いた彼がいやに格好いい感じでステージをキメているのにはちょっとおどろいた。真っ白な髪を軽く逆立てて。だいたい若い頃からあんまり若々しく見えなかったのに、逆に全然老けていない。日本では、基本40代以上にとってのヒーローだろうけど、アメリカではどうなんだろうね。