明かりを灯す人


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ストーリー:キルギスの寒村にくらす主人公は村で一人の電気工。いつも電柱にのぼり、村人の家の配線を直したりして、妻と3人の娘をやしなっている。夢は渓谷に風車を建てて、風力発電で村の電力をまかなうことだ。そんな村にも中央で政治に乗り出そうとする男が顔をだすようになる。
キルギス。蒙古の末裔や西域からきたエキゾチックな人々やソビエト時代のロシア系などが混交しているんだろうな、という程度で想像力が枯渇した。あと、どことなく平原がつづいていそうなイメージもぼやっとうかんだ。ぼくの貧相な想像力をおぎなうはずのGoogle先生も今ひとつ意気があがらず、ストリートビューがなくてスナップ集みたいな状態だ。昔行ったチベットの風景を思い出した。あれがもう少しおだやかになった感じだろうかね。舞台は大きな湖、イシククル湖のほとりの村だそう。視線は数十、数百キロまでとどくくらいの見通し。だけど遊牧民ならいざしらず、定住してしまった人々にとっては意外にその世界は狭い、そんな場所かもしれない。
監督=主人公アクタン・アリム・クバトは蒙古系のキルギス人。モンゴル人というのはここまで顔が丸いのかとしみじみ感慨にふけるくらいに丸顔だ。正面だけでなく全方位的に丸い。まったく驚くほどに福々しい丸顔であり、監督自身が、理想化された善意のキャラクターを再現する役者が見つからなくて、けっきょく自分が主演することにした、といっていたみたいに、どこか民話的な善人の役にこれ以上ないくらいぴったり合っている。
主人公は仕事がら、なにかというと屋根にあがったり電柱によじのぼったり、それを生かして高い木から降りられなくなった子供を救出に上がったりする。他の村人より高いところに上がる人間。昔でいう物見の役わりみたいなイメージがあるんだろうか。でも彼が村人たちより少し先、少し遠くのことが見通せているかというと、それほどでもない。風力発電というビジョンだけを持った、素朴に郷土を愛するおっさんとして描かれている。キルギスは天然資源、中でも金に恵まれて、主要輸出品目になっているけれど、エネルギー資源には乏しい。手作り風車で風力発電を広めたり、電気代が払えない村人のためにメーターに細工する主人公はわかりやすい現代性を帯びた環境への貢献者でもある。電力、という独占性が高い産業に首根っこを押さえられていることからの脱却をめざしているともいえるわけだ。とくにここ2年で日本人が身にしみた件だよね。

映画全体、エピソードを積み重ねていくタイプで、大まかな流れはあるけれどはっきりとしたストーリーの構造を持っているような映画とは少しちがう。スケッチブック的とでもいうのかな。全体を通しているのは、いわゆる低開発で、だからこその魅力もある自分たちの村に外部からやってくる開発の圧力、それに対するぼんやりとした不安や反発だ。風景は美しい。いわゆる先進国の都市でくらすぼくたちから見て美しい。空は青くて広く、草原が広がり、村の広場には何科なんだろうか、落葉樹が木陰をおとす。村の建物は純粋な伝統的建築ではないけれど、違和感があるロードサイドの何かみたいなのはまったく映らない。たとえば同じイシククル湖畔の景色でもこういうのは映らない。自動車もたまに映るだけで主人公が移動に使うのはよく手入れされた自転車だ。村人は大事なあつまりになると伝統のウールの帽子をかぶってやってくる。ぼくたちが日本の秘境や田園に期待する景色と、風土はちがってもおなじ性質のものだ。
でもぼくたちのほとんどはそこで暮らそうとはけっして思わない。都会からひととき眺めにいって「なにもなさ」をありがたがり、「変わって欲しくないよね〜」と言うわけだ。そういうオリエンタリズム的な視線を監督は正面から批判しようとはしない。美しい景色は美しい。そこを普通に撮る。だけど、物語の後半で中国人の投資家たちを迎えた地元の政治家=実業家が、彼らを接待するシーンはわりあいはっきりした思想が見える。政治家はユルタという遊牧民の伝統的なテントを建てて地元の料理でもてなす。イスラミックな伝統音楽を奏でる楽団も呼んである。しかし最後には仕事にあぶれていた村の美人娘がよばれてエロティックなダンスを見せ、そのあげくに…というメニューになるのだ。その饗応に乗る中国人ビジネスマンたちの醜悪さは、ざんねんだけど日本人ビジネスマン諸氏がこの何十年か、この国に経済発展をもたらすのとひきかえに世界各地で見せてきた姿でもある。地元の人間みずから、そういう醜悪な欲望に応えて伝統文化の衣をまぶして差し出してしまう。一度だけ主人公が怒るのがそれを見た時だ。
映画はさっきいったみたいに、淡々としたトーンで、落ち着いた語り口だ。水平感が強調されたような印象の画面は気持ちいい。ふっと意味ありげに奥さんとのやりとりや、謎の美熟女など、かすかにエロの空気を一瞬ただよわせたりするのがおかしい。