ダージリン急行

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ウェス・アンダーソン作品を見るのは『ザ・ロイヤルテネンバウムス』に続いて2作目だ。3兄弟モノ、エゴイスティックな親に傷付いた子供たちが大人になって回復していく物語、という共通のモチーフがある。ギャグ混じりに哀感ただようところもおなじ。本作は脱力系オフビート感+不思議系+絶妙BGM+いい景色、というあたりが魅力。正直に言うと『ロイヤル』ほどこなかった。
物語は長男(オーウェン・ウィルソン)に呼び集められて再会した微妙な距離感の3兄弟がインドの長距離列車で旅しながらだんだんと変わっていく…というもの。3人はもちろんキャラ立て重視でどう見ても血がつながっているようには見えない。しかしだんだん物語的に不自然に感じなくなる。
異国で旅をする3兄弟。異文化の中で自分を見つめる式の、旅+成長物語としては割合古典的なスタイルだ。スタイルとしては『ロスト・イン・トランスレーション』に近い。つまり旅で出会う異文化はあくまで舞台、せいぜい「気づき」のタネで、基本的な関係は同胞同士のなかで完結する。もちろん異文化に対するリスペクトやそれなりの触れ合いは忘れないが、そこはマナーとして、の話。つまりダージリン急行チェンマイバンコク列車でもトランス・アフリカン急行(そんなのあるか?)でも、まあいいわけだ。ただし。オリエント急行では成立しない。ヨーロッパを走る列車のなかでは、3兄弟はこの映画でやってるような無茶はできないからだ。…と、アジア人的視線で文句をたれたところで気がついた。われわれの旅だってほとんどそうだ。本当の意味で旅先と深く触れ合うことなんてほとんどない。それに「客人」をいいことに繊細な気遣いをしなくなることもしばしばだ。
ただし、もう一つケチを付けておくと、「ダージリン」とタイトルで言っているわりに、ロケ地は実際のダージリン近辺ではなく、2000kmくらい離れたラジャスターン州の砂漠地帯だそうだ(おもいきり余談だけれどラジャスターンといえばここで取れる砂岩が日本にも輸入されて、ビルの壁や床に張ってある)。もうひとつ。彼らの旅の目的の一つが、自分たちを捨てて修道院に行ってしまった母親に会うことなんだが、なんとも奇妙なのはこれが「ヒマラヤの修道院」という話なのになぜか海が見えるのだ(湖じゃないよね?)。このあたりの詰めはいいわけ? それもオフビート、っていうことで。

映画は列車のコンパートメントで3人が再会するところから始まる。このスタートシーンが正直全編のなかで一番いい。ビジネスマン(ビル・マーレイ)がインドの街の雑踏をタクシーを飛ばして駅に駆け込み、走りだしたこの列車に乗ろうとするのだが、追いつけずに力尽きる。すると真横から美しいフォームで追い抜いていく男がいる。スローモーションで列車と走る男を追う移動カメラ。男は列車のデッキにつかまり、スーツケースを投げ入れて飛び乗ることに成功する。三兄弟の次男(エイドリアン・ブロディ)だ。エイドリアン・ブロディという役者、独特のルックスでけっこう好きだ。線が細いようで強さも表現できる。とにかくこの出だしで掴まれる。ちなみにビル・マーレイはこの前の『ライフ・アクアティック』で主演。

旅は揉め事あり、ギャグありから、定石通り後半で少々深刻なトラブルもありで、最初はぎごちなくハグをしていた3兄弟はだんだんと結束をとりもどし、何かを振り捨てることに成功する。シメは最初のシーンがまた繰り返され、そこでは彼らは自分たちの胸のつかえの象徴でもあった父の形見のスーツケースを振り捨てる。ちょっともったいない気もするが、わかりやすいシンボリックなシーンだ。ちなみにこのスーツケースはLV+マーク・ジェイコブスコラボ製品。そのあたりうまいっ!