『パンチドランクラブ』


<予告編>
ここでのホフマンは主人公バリー・イーガン(アダム・サンドラー)をゆすって小金をゲットするマットレス売店長ディーン。出番は少ないんだけどこの役はいい!絵に描いたような小悪党で、愛人にテレフォンセックスオペレータをさせて個人情報を聞き出し、あとで脅しにかかる。実行部隊はアホそうな白人4人組だけど、こいつらも強そうに見えない。簡単に居場所をつきとめられて、逆襲の電話がかかってくるとすぐに自分が逆上してしまう。せこくて子供じみたおっさんだ。
ポール・トーマス・アンダーソンらしい、全員がどこかたががはずれた妙な人々で、小さい日常だけを描いているのに、起こることも映像もどことなくシュール。人によってはわざとらしくシュールなだけじゃん、と感じるかもしれない。なんとなくだけど森田芳光の現実から浮遊した感じをちょっと思い出す。たとえば最初にバリーが電話しているシーンでは、その後映る事務室ともちがう、どこかもわからないやたらと空虚で広い部屋で、その片隅のちいさいデスクにちじこまって青いやすっぽいスーツのバリーがいる、という感じだ。
お話は、どこか不穏な感じで世間とずれていて女性ともうまくつき合えない(それでいてなんとかビジネスはやれている)主人公バリーに、姉の友達のリナ(エミリー・ワトソン)がひとめぼれ、バリーもすぐに有頂天になって、あらゆる障害を乗り越えてつっぱしるというラブストーリー。恋のあれこれとか問題発生とか、リアルに共感するタイプの物語じゃない。どっちかというと弱者キャラのバリーも、じつはささいなことでブチ切れるとまわりが引くくらいの破壊衝動を発揮するおとこで、映画上は得なこんな性質をいかして小悪党たちを一瞬でぶちのめしてしまうのだ。

リナ役のエミリー・ワトソン。どうしても『奇跡の海』イメージが強すぎて、小ぎれいブロンドの普通の女性役なんだけど、こっちもどこか不安定な予感がせずにはいられない。だから変人のバリーに惚れるというキャラも納得しやすいんだろう。バリーの部下、ランス(ルイス・ガスマン)がよすぎる。
映像は全体にすごくきれい。全編を通した絵的な特徴として、わざとカメラに向けてライトをあびせて画面のどこかにレンズフレアを見せる。ものより光が映っている感じの画面だ。2人がハワイで再会するシーンは明るいハワイの風景の手前で、群衆、出会う2人をシルエットで撮る。ハワイ以外は全体に殺風景な場所ばかり、人がすくない画面で、特に街中のロケでは主人公たち以外にだれもいないし、迷路っぽい空間をバリーがさまようシーンもなんどか繰り返される。こんな画面とラブストーリーの組み合わせが非現実感をもりあげる。ようするに、ストーリー上でも説明をはぶいていることもあって、全編が孤独なバリーの妄想じゃないか、という風にも感じられてしまうしあがりなのだ。
サウンドトラックがものすごくいい。ありものポップミュージックではなくてシーンによりそったシンプルなサウンドだけど効果的だ。