ザ・マジックアワー

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三谷幸喜の「映画愛」がナイーブなまでにストレートに表現された1本。ただ、その愛は、女あしらいの上手な男というより、不器用な純情男の片思いのような気がする。お勉強はよくできるのだが・・・

こういったらものすごく失礼なんだが、三谷幸喜という人は見かけの小市民的な雰囲気のわりに、そのセンスは・・・・やっぱり小市民的なんじゃないだろうか。  「王様のレストラン」はすごく好きなドラマだったけれど、あれも愛すべき小市民の世界だった。どの役にも間の抜けた設定をつけて、視聴者を安心させる。一流レストランの裏側というプロフェッショナルの世界を、親しみやすいキャラがうまく「お茶の間」につないでいた。そんな感じで、三谷ワールドといえばおなじみの「ほどほどに笑えて泣けるイイ話」なのは見るほうも承知のことだ。でもなあ・・・今回はそれがなんだかちまちました方向に出てしまったような気がする。
たとえばキャラクター。「ウェルメイドなおとぎばなし」としてもどこか微妙なのだ。まず、ヤクザが物語のコアで、妻夫木聡がそいつに殺される!という恐怖から物語が始まっているわけで、肝心のヤクザに少しは危険な空気がないと、そもそもの危機感が出てこない。ボス役の西田敏行はそれでも抑え目の演技でずっと我慢していたが、ラストにきて突然『タイガー&ドラゴン』のドンちゃんになってしまった。寺島進たち部下も、いつもの三谷作品のお人よしヤクザばかりだ。敵のヤクザも同じで、本物の殺し屋が出てくるラストシーンの緊迫感も、土曜朝の戦隊モノにおとらない癒しにみちたものだ。むしろ危機感は妻夫木くんの前頭部により感じられる、という出口調査の結果すら出ている。その妻夫木くんは、この狂言を仕組んだ「頭脳派悪党」の役だが、これも愛すべき間抜けな男にされているので、どうもスパイシーさに欠ける。もうすこしズルくスマートな男でもよかったんじゃないの。そうしないと間抜けさもメリハリがないでしょ。
それから、個人的な好みだけれど、ヒロインが深津絵里というのは・・・悪女ですか。彼女が無理やり芸風を広げているような役で画面に出てくると、ひたすら「フジの企画」っぽい香りだけが漂ってしまうのだ。もっと汁気たっぷりの女優のほうが画面がリッチになると思うんだが・・・幼少の頃から苦労人だった、という設定はいやによく伝わる。佐藤浩一はほぼ文句なし。今まで見たことのない色々な表情を引き出して、彼の「映画俳優」らしい色気を写しとっていたと思う。
街並み系セットに強い種田陽平による美術は、これが売りの一つなんだから、もちろん充分にお金が掛かって、凝ったものだ・・・・ただ、根本的な方針が、「かつての無国籍映画っぽい、ちょっとチープでうそ臭い感じ」だったということなのかな?  建物の汚しはセットっぽくリアル一歩手前で止めているし、クラブで『ペーパームーン』よろしく三日月に座って深津絵里が歌うシーンも、わざと月をひっぱるワイヤーを目立たせて、チープさを強調している。ラストの弾幕シーンも、わざとなのかテンポが悪い(ちなみに車両は60年代外車ばかりなのに、ラストで爆発する車が激安中古カローラなのも日本映画の伝統へのオマージュか!?)
それと、スタジオ内の街なので、屋外シーンでもできるだけ空が写りこまないように低いアングルや見下ろしで撮ることが多く、微妙に抜けの悪い、息苦しい空間になっている気がした。室内外のメリハリがあんまりないんだな。このあたりは全部、カントクの狙いなんだろうが、画面の中の空間がテレビ的というか、ダイナミックさがない。 ライティングもあまり陰影がない、ホームドラマっぽいタイプだ。うーん、ちまちました映画だってもちろんアリなんだろうけど、なんだろうなぁ。ちなみに、妻夫木くんが佐藤浩一を探しにバーに入る場面の突然の手持ちカメラ、深津絵里が住んでいるヤクザのビルの白い部屋、ここだけ急にトーンが変わって、何かの映画のオマージュ風になっていたのが面白かった。他各種小ネタは知識不足で分からず。

結局、この映画、メタフィクションぽくしたいのかシンプルに没入して欲しいのか今ひとつわかりにくかったということなのよ。前に書いたうそ臭さは、わざとだと思うし、メタフィクション的なフリも序盤にあるのだが、その後、虚実の境界をくすぐるような展開があまりなくて、なんだかいい話風にまとまってしまう。で、結局、何が突出しているかといえば、そのストレートすぎる作り手のメッセージということになる。とにかく映画愛、スタッフ愛、撮影所愛はよーく伝わってくる映画なのだ。老俳優役の柳澤愼一に芸もなくそのまんまセリフで言わせているくらいで、エンドロールだってスタッフ名を先に持ってくる。でも三谷氏って「映画の子」じゃないわけだよね。舞台とTVでキャリアを積んできて、やっと念願の映画を撮れるようになったんだろう。憧れはわかる。でもどこか、都会人が「田舎って、いいよねぇ」と言ってるような・・・

結論。『三谷の下町洋食風ワールドが善兵衛にかすかな物悲しさをあたえる!』