<公式>
ストーリー:1971年、軍事政権下のブラジル、リオデジャネイロ。建設会社社長のルーベンスと妻エウニセは5人の子供たちと海岸沿いの家で暮らしていた。にぎやかな一家に衝撃がはしる。ルーベンスが突如軍に連行されたのだ。エウニセも連行され、2週間の間監禁される。夫の消息はその後もわからない。エウニセは家族を守りながら不当な拘束への抗議をやめない....
ブラジルの実在の元政治家、ルーベンス・パイヴァ失踪の実話を映画化した2024年公開作品。監督はウォルター・サレス、見たのは『セントラル・ステーション』プロデュースで関わった『シティ・オブ・ゴッド』くらいだ。考えてみるとブラジル映画はあまり見てない。アマゾンを舞台にした映画やボサノヴァをモチーフにした映画の方が多いくらいだ。
ブラジル軍事政権下での政権による失踪事件、少し前にみた『ボサノヴァ 撃たれたピアニスト』と完全に同時代のできごとだ。パイヴァの事件は特にブラジル人にとっては生々しいものなんだろう。実話だから書いてしまうが、パイヴァは拘束後すぐに拷問によって死亡している。政府がそれを認めたのは25年後で、実行犯が特定されたのはさらにそのあとだ。映画は妻エウニセにフォーカスして、また拘束される恐怖に怯えながら、海外メディアに夫の不当な拘束を訴えて、その後は弁護士になり人権活動を続ける彼女の人生をフォローしていく。
本作は強権的で非人道的な権力に向かい合う一人の女性を描いているけれど、「戦い」の映画じゃない。軍事政権を長々と批判するシーンもない。全体に映画としての描きかたはすごく柔らかい。シーン順に撮っている本作では、序盤の楽しげな家族の姿はとにかく明るい。家は裕福だし、オープンな雰囲気だ。長女は映像やポップミュージックに浸り、下の子どもたちも毎日すぐそこのビーチに遊びにいく。
家族と自分の拘束シーンは極端にコントラストをつけ、ダークな色調と濃い影をビジュアルでも強調する。拘束を解かれて帰宅しても、前の楽観的な空気は消えてしまったけれど、悲しいくらい、ビーチのきらめきや無邪気なこどもたちは変わらない。子どもたちには全員ルックスのいい役者たちをあてていて、ちょっと可愛すぎるくらいなんだけど、悲観的な、重苦しい雰囲気にしすぎないで、観客が入りやすいトーンをキープしたかったのかもしれない。
(c)Video Films/Sony Pictures via imdb
夫を待つお母さんは不安と恐怖に押しつぶされそうになりながら、でも下の子たちには事情を話さずにやり過ごそうとする。上の子たちはそれに反発もするし、幼い子どもだって何もわからないわけじゃない。後段ではちょっとはっとするようなやりとりがあったりもする。そんな風に若かった頃の家族の日常へのノスタルジーと、それを失うことの、だれにでも入ってきやすい思いをていねいに描くのだ。
それにしても、ぼくは日本で平和そのものの時代をずっと生きてきて、戦後しばらくの騒然とした時代も知らない。大きな災厄の記憶はほとんど自然災害だ。災害は恐ろしいけれどそこには人間の悪意はない(人為によるあれこれはあったとしても)。他国と戦闘状態にある国に生きることがどんな精神状態になるのか、それ以上に、自国で弾圧や監視が日常になったら、どんなふうに日常に暗い影がさすのか、リアルには想像できてない。それはかなり恵まれたことだ。
しあわせな時代の一家はリオデジャネイロのこの辺りに住んでいた。道路を挟んですぐにビーチだ。いまではビルが並んでいて、実際のロケは近くのこの家でしたそうだ。
🔷入国審査
<公式>
ストーリー:バルセロナからNYの空港に到着した、ディエゴとエレナは事実婚のパートナー。エレナがグリーンカードの移民ビザに当選し、移住のためにやってきたのだ。ところが入国審査でパスポートコントロールの職員に別室へと連れて行かれ、容赦ない尋問がはじまる。質問と答えがだんだんと2人の間にも暗雲を投げかけ.....
2023年、スペイン映画。とてもコンパクトな一作で、基本的には1つのシチュエーション、「入国審査」のなりゆきだけを見せる映画だ。日本国パスポートの恩恵で、ぼくは入国審査に苦労した経験がない。でも第二次トランプ政権下の今のアメリカに向かうとどうなるか....そして監督2人の出身国のベネズエラからの渡航になると、審査は比べ物にならないくらいシビアになるらしい。
どんな感じか、それはまさに本作で描かれている。主人公カップルはスペインからの入国だけど、ディエゴの母国はベネズエラなのだ。ベネズエラは政情不安定や、経済低迷で稼げる仕事がない、などを嫌って、教育水準が高い低年齢層が国を出ていっている。行き先は同じ中南米がメインで、アメリカもそれなりの人数の移住先だ。
映像はとにかくミニマルで、取り調べ室に入ってからは審査官と尋問を受ける2人が交互に映るだけ、といってもいい。そのかわり部屋の外から意味ありげな、時には神経をさかなでするような音響が聞こえてくる。ずっと同じシチュエーションながら尋問の話題も、尋問する側される側の組み合わせも刻々と変わる。
入国審査官の人種もいろいろだ。最初の簡単な調査は黒人審査官が担当、そのあとラテン系の女性と白人の男性が担当する。審査される2人も一心同体のようでいて、パスポート的には西側ヨーロッパのスペインとベネズエラで相当な格差がある。もちろんこの2人には男女の関係もあるわけで、最小のキャスト間のすべてに差異を入れ込んでいるのだ。
最初のタクシーのシーンからラストまで、広い空間が映り込むことは一度もない。意味ありげに関わる第三者たちも主人公たちを通り過ぎるだけで、とにかく2人と係官の関係だけを、あえて視界も狭くして圧迫感込みで一気にいく映画だ。