ライト・スタッフ 


<参考>
公開から25年以上たって、もう立派な旧作ですね。てか古典かなあ。監督のフィリップ・カウフマンはこの作品や『存在の耐えられない軽さ』を撮っていた80-90年代が全盛期だった。たぶん。 1947年から1963年のアメリカ、初めて水平超音速飛行に成功してから、初の有人宇宙飛行を成功させるまでの間、それに乗り組んだテスト・パイロットたちを描いた、気持ちよく格好いい映画だ。主要な人物は音速を突破したチャック・イエーガーサム・シェパード)、彼を憧れの目で見ていた下っ端だったが、人類宇宙飛行のマーキュリー計画に応募して、善兵衛じゃない全米の名声を得ることになるゴードン(デニス・クエイド)、その友人のガス(フレッド・ウォード)、海軍のパイロットだったアル・シェパード(スコット・グレン)、海兵隊パイロット出身のジョン・グレンエド・ハリス)。それにそれぞれの妻たち。

映画は3時間以上もある(193分)。原作、トム・ウルフのドキュメンタリーが日本語の文庫で500ページ以上のサーガ(年代記)なのに、ほとんど省略なしになぞったのでこうなった。だから映画も年代記風になり、時系列はとても分かりやすく入ってくるけれど、ラストのクライマックスへ向かってストーリーが盛り上がっていく、というふうにはならない。ところどころに見せ場はあるのだが、基本はエピソードの連なりで、ちょっとメリハリに欠けるところはある。
ただ、監督は飽きさせないようにいろいろ工夫している。映画の基調は、ハッピーでギャグに満ちた世界で、エリートパイロットたちもどこか男の子っぽく無邪気だ。実在の政治家や役人をコメディリリーフ扱いにして政府の会議シーンで笑いをとる。リクルーターの2人組の役人は(実際たった2人で全米をスカウトして回るワケないだろう!)、長身のジェフ・ゴールドブラムとちび上司の絵にかいたようなデコボココンビ。あきらかにコメディの演出だ。
また15年以上の年代記にもかかわらず、脇役たちを最初から最後まで同じ人物で通して、物語としてのまとまりを与えようとする。画面の点景として、似たシーンではいつも同じ人物が出てくるのだ。おなじ意味で、いくつも繰り返しのネタが仕込んである。一番わかりやすいのは、イエーガーがパートナーのメカニシャンに、実験機に乗り込む前にガムをねだるシーン。「後で返すよ」と彼はいう。もちろん「俺は無事に帰還するよ」というメッセージだ。本当にそんなゲン担ぎをしていたのかは知らないけれど、最初から10数年後、最後にそのシーンを見るときはちょっとじーんとせずにはいられない。それ以外にも、長い物語にリズムを与える目的で、まったく同じ撮り方を何度も繰り返すこともある。
そして物語の最初ではすべてのパイロットの頂点にいたイエーガーと、その後全米のヒーローになる宇宙飛行士たちのシーンを交互に見せて、あたかも新旧の移り変わりのなかでオールドパイロットに悲哀があるかのように描く。実際にはイエーガーは軍人としてもパイロットとしても世界各地に赴任して順調にキャリアを重ね、歴史的な人物としてよく知られている、押しも押されもしない成功者なのだ。・・・でもたしかにその描き方はうつくしい。ヒロイックに見える。ラスト近くのシークエンスは実にいい。豪華なセレモニーに呼ばれた宇宙飛行士たち。ゴードンが「最高のパイロットはだれだと思う?」という記者たちの質問に急に真面目になって、この物語のコアを語りだす。そして「私が昔出会った最高の人は・・・」と言いかけたところで、殺風景な空軍基地でイエーガーがテストフライトに向かうシーンに切り替わる。
カニックに呼びかける彼の声には必要以上にエコーがかかり、逆光のなかに沈み、なんだか彼岸に行きかけているようだ。その後、セレモニーの中でそっと目を見交わす宇宙飛行士たちと孤独に超高高度に挑むイエーガーとのカットバックになる。彼は、映画の中でダントツに格好良く描かれる。じっさい、航空機を操縦するシーンがあるのはほとんど彼だけなのだ(あとはアルの空母着艦シーン)。ずんぐりしていた実物とちがってサム・シェパードは長身で、第二次大戦の時からあるA2フライトジャケットを着こなし、一瞬もださい表情を見せない。憧れて買ったよ、A2。 ウィルス&ガイガー製。

 写真左がサム・シェパード、右はイエーガー本人。

宇宙飛行士役の中ではアル役のスコット・グレンがいい。役作りのためだろう、増強剤でも使ったのか、やけに体を鍛えて、わざと間延びした人を食った口調で機内から交信する(これは本来イエーガーの十八番だった)「羊たちの沈黙」の上司検事役とはずいぶんイメージが違う。ガス役フレッド・ウォードは、飛行士のなかで一番辛い役だがいい雰囲気だ。ショート・カッツに出ていたというんだけど、何の役だったっけ?  ちなみにこの映画、けっして「漢」映画ではない。パイロットと妻との関係、彼女たちの、日常的に夫の事故死の恐怖にさらされている生き方を丁寧に描く。そして夫が宇宙飛行士になると、セレブとしての演出上、常によき妻が必要になってくる(アメリカ的!)。彼女たちは軍人の妻としての栄誉やうまくいけば富を夢見てそれに耐える。でもちょっとした運不運やミスでそれはするっと手をすりぬけていってしまうのだ。
イエーガーが妻と話すシーンで、彼女に「パイロットは怖いもの知らずに仕込まれるけど、妻はそうはいかないのよ」といわれた彼が「たしかに俺は怖いものはないけど、君を失うのだけは怖い」とつぶやき、彼女がほろっとするところがある。ところがここの日本語字幕は「俺が怖いのは君だけだ」となっちゃってるのだ。これじゃぜんぜん意味違うだろ。奥さんだって泣けない。これ以外も全編どうも気になるので、字幕つきなら英語のほうがいい。

結論。『善兵衛が熱狂した幸福な日々を描く爽快な一作!』