アメリカン・ハッスル


<公式>(英語版。日本語版なくなってる…..)

ストーリー:架空の融資話で手付金をだまし取る詐欺のアーヴィン(クリスチャン・ベール)とシドニー(エイミー・アダムス)。FBIに逮捕された2人はエージェント、リッチー(ブラッドリー・クーパー)に司法取引を持ちかけられておとり捜査に協力させられる。ターゲットはアトランティックシティーの市長、カーマイン(ジェレミー・レナー)。ワイロを握らせて逮捕、のつもりだったがだんだん話は大きくなり.....

監督の前作『世界でひとつのプレイブック』が『ヤング≒アダルト』だとすると、この映画は当ブログで(むりやり)いうと『ザ・バンクジョブ』に近い。国家が市民をうまいこと利用しようとするところを、「良識ある市民」なんかじゃないかれらがいつのまにか義賊になって、国家に一泡吹かせてやろうじゃないの、という話。実話ベースで描くところ、それをやや昔のファッションや音楽をスパイスに語るあたりもおなじだ。テイストは違うけどね。
映画のキャラクターは、ネタであるアブスキャム事件からけっこう忠実なところは忠実に取り入れている。ハメられる市長もまんまあのキャラらしいし、主人公のパートナーのイギリス訛りも実話、なにより主人公アーヴィンはモデルがいなければあんな役づくりになるわけない。『ラスベガスをやっつけろ』のジョニー・デップと双璧というべき、2枚目俳優による実在ハゲのおっさんなり切りだ。どっちもモデルになった人物がそれなりに知られてるのもあるだろう。2人の役者ともモデルと密に交流してキャラクターをコピーしている。そのつくり込み対決はでっぷり太った腹の分、クリスチャン・ベールに軍配があがった。セミみたいな顔のシルエットや髪型・ヒゲ・メガネの感じ、小太りのフォルムがむかし働いていた事務所のボスに似ている。よく考えるとなんであんなに似てたんだ。ま、かれはハゲてはいなかったが....
映画ではそんな感じで嘘っぽくならないようにディティールを固めつつ、お話そのものはエンターテイメントとしてさらっと飲み込めるように事実より明るく軽く仕上げている。主人公が一枚噛まされる捜査は、大トラブルもバイオレンスもなく成果をあげるし、主人公の妻とのてんまつもハッピーというか、うまい具合に誰も悪くない的なオチにしている。妻のロザリンはじっさいよりだいぶ若い設定にして『世界にひとつの….』のヒロインにばちっとはまったジェニファー・ローレンスを起用した。ジェニはいい。あいかわらずいい。前作となぜか同じ、メンタルに少し問題抱えたマイペースすぎる女で、途中で自己実現系の本の受け売りを始めるところまで似ている。

で。ぼくの印象では、ジェニファーの存在感がありすぎて少しバランスが悪くなってる気もする。彼女はどうみても脇役で、ヒロインはあくまでエイミー・アダムスだ。エイミーも全編ノーブラの半乳キャラで頑張っているのに、捨てられる妻VS愛人が対決するパーティシーンでは、暴走する本妻に完全に押され気味。その後もロザリンはそうと知らずに作戦を引っかき回したり、旦那相手に急に自己実現系の説教をはじめてみたり、ある意味本作の白眉というべきヘッドバンキング掃除のシーン(ストーリー上の意味は謎)、そしてシメのオチまで持っていってしまう。そのどれもがおかしすぎるのだ。おかげで完全にダブルヒロイン気味になって、なんだか焦点がぼけてしまった。
でも彼女の魅力が映画全体をふくらませているのはまちがいない。妻役に「こりゃ捨てられるわ」みたいな魅力のない人をおいてしまったら、話としては分かりやすくても、妻がらみのシーンが全部わびしくなる。彼女が意外なくらい活躍することで、もう1人の女性キャラ、アメリカのデヴィ夫人的な市長妻の奇妙な貫禄とあわせて、3人の過剰な女たちによるゴージャス感が画面に溢れる結果になった。

語り口は主人公とヒロインに共感させる分かりやすいつくり。ほんらい詐欺師である2人が物語上は一番まっとうな人間で、ふつうの観客が持つような弱みも見せる。2人は愛人関係だけど、いろいろありつつその思いは意外に誠実だ。さっき書いたみたいに、アーヴィンと妻の関係もしょうしょう強引にどっちもどっち的展開に持ち込んで、主人公を悪役にしない。
主人公が共感する市長は観客も同情的になるように描かれるし、かれが虫が好かないFBI捜査官は最後までどこかうざいままで、しまいには『世界に一つの』ばりによく分からないぶち切れキャラになる。この辺の描きわけはシンプルなエンターテイメントの常道なのかもしれない。ラストの『スティング』的ツイストも小気味良く、シメもハッピーな感じで後味かよく、ぜんたいに飲み込みやすい。

1970年代のアトランティック・シティでのスナップ。なにもかもが70年代すぎる……..
ところで罠にかかるカーマインが市長をつとめるのはアトランティックシティだ。残念だけど行ったことがない。映画の中の街はすっかりさびれた近郊のリゾートで、起爆剤としてカジノを誘致しようとしている。栄えていた1950〜60年代のけしきがこれだ。ちょっと施設が過剰なのかね……アブスキャム事件のあとカジノが本格的に進出して、街はあと30年生きながらえた。人口40000の街に12の巨大カジノがあったんだからね。でも2014年のいま、不況に苦しむ巨大カジノがあいついで閉鎖している。街の運命ってなんだろうな。物語の舞台とちょうどおなじ時期にフランス人のルイ・マルは、衰えゆくこの街への挽歌みたいな『アトランティック・シティ』を撮った。むかしに見たから忘れてしまったけれど、ぼんやりした夕ぐれの色に染まった街の景色だけ覚えている。