VICE バイス

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ストーリー:ディック・チェイニーは名門大学をドロップアウトしたぱっとしない青年だった。野心家で優秀な恋人、リンのリードで立ち直った彼はやがてワシントンに出て、若手政治家ドナルド・ラムズフェルドのスタッフになる。順調に政界で実績を積んだ彼は、一旦は民間に移ったものの、ジョージ・W・ブッシュに請われて副大統領候補として大統領選に出る。彼にはアイディアがあった。大統領の執行権を使えば表に出ない形で政府を掌握できる。法律の専門家と検討をかさね、ホワイトハウスの中枢に入った彼は....

どう見ても派手な題材じゃない。主人公はハゲでデブで口が曲った政治家だ。なにかヒロイックなことを成し遂げたわけじゃない。それどころか21世紀の世界の混沌の一因はそれこそ彼らの強引なやりくちだと言われているのだ。

しかし映画は十分に面白い。監督アダム・マッケイの作品は『マネーショート』しか見てない。あれだって地味な小規模投資家たちの勝負を、みんなが知っているリーマン危機まで描いた、スリリングで面白い作品だった。本作も基本的にはそうだ。ディック・チェイニーが、9.11の時代の悪名高い政治家だったことはみんな知ってるし、その戦争の行方も、任期を終えた彼が普通に存命中なこともわかっている。それでも地味に感じないし十分にスリリングだ。

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それにしても、アメリカの近過去<Based on true story>ものの氾濫にはびびる。2019年アカデミーの作品賞候補、つまり「良作」枠は『グリーンブック』『ボヘミアン・ラプソディ』『ROMA』『ブラッククランズマン』それに『VICE』、みんな近過去で実話の脚色だ。『女王陛下のお気に入り』も歴史物だから実話がベース。完全なフィクションは『ブラックパンサー』『アリー スター誕生』だけだ。

そして本作はキャストを実在の本人に寄せる具合が飛び抜けている。クリスチャン・ベールの原型をとどめないそっくりさんぶりは、特殊メイクの極点といってもよく、実写そっくりさんのすでに行くところまで行っている。ちょうどいい比較対象がある。2008年、オリバー・ストーン監督の『W』だ。ジョージ・W・ブッシュジョシュ・ブローリンが演じた本作、主要登場人物は同じだから較べてみよう。写真は、左が『VICE』、真ん中の本人をはさんで右側が『W』。役者の素顔と役のメイクをそれぞれならべてある。

まずは国防長官、ドナルド・ラムズフェルド。これもカメレオン系のスティーブ・カレルがかなり似せている本作と較べて『W』はちょっとやばい。スコット・グレンが演じるラムジーは顔の長い銀行家みたいだ。

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それから本作主人公のディック・チェイニー。『W』のリチャード・ドレイファスもそこそこいい線行っている。それにしても本作の特殊メイク、この自然さは驚異だ。当時のニュースを覚えている人ならおなじみの口が曲がった表情はどちらも積極的に導入。ちなみに『アメリカン・ハッスル』でも実在モデルに似せて太り、薄毛にしたベール。その時の相棒役が、本作では強力な奥さん、リン役のエイミー・アダムスだ。

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そして大統領、ジョージ・ブッシュ。『W』のジョシュ・ブローリンはかなり地顔が違っていて、髪型や表情で寄せるけれどちょっと苦しい。本作のサム・ロックウェル(『スリー・ビルボード』!)が強烈に似ている。目元ふくめて基本構造が意外に近いんだね。ちなみに『W』のブッシュ役ははじめはクリスチャン・ベールにオファーされていたんだって!

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この似せ具合、ある種やっぱりコメディだよね。コント的とも言える。アダム・マッケイの出身だからというわけじゃないけど、サタデーナイト・ライブの政治コントと繋がってる。このコントは凄い。今のトランプコントもそうだけど、ここまで笑い者にできるっていうのは、反体制どうこうじゃなく、風通しがいい気がする。

本作はチェイニーがブッシュ政権を完全に掌握し、事実上その政策を引っぱっていったという見方をとる。どの程度真実だったのかは分からない。軍需産業ハリバートンと密接に関係し、粉飾決算の果てに破綻したエネルギー産業エンロンとも近かった彼を、映画でははっきりと悪の側に置いている。マッケイは『マネーショート』でも金融業界を詐欺師だと言い切っているし、ようするにマイケル・ムーアと割と近い立場だ。

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だからアメリカでトランプを支持してる人はたぶん本作は見ない。トランプには懐疑的でも共和党を支持する保守層は、本作に(見たとしても)わりと冷笑的に接するような気がする。だからか米国内で本作はたいしてヒットしていない。約66億円の制作費で、興行収入は世界中で83億、国内だと50億程度だ。

それでもね。編集のリズムの良さ、ちょこちょこトリッキーな話法を入れて飽きさせない感じ(マネー・ショートにくらべると抑えめ)、それにちょっとした画面もきちんと作りこんでチープさがまったく無いプロダクション、そしてもちろん役者。文句なしのエンターテイメントだった。

■特記のない写真は予告編から引用

 

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