<動画>
清水宏、1941年。いよいよ太平洋戦争開戦の年だけど、映画自体はやっぱりのんびりした温泉リゾートムービー。ただし作品としてのねらいなのか、世相が描きづらくなっていたのか、そのへんはわからない。ヒロインは田中絹代。主演級ででているのはまだ青年役の笠智衆だ。舞台は山梨県下部温泉。ひろびろした露天風呂が魅力だ。『按摩と女』とおなじように主役級はいても群像劇のつくりで、メインのストーリー自体はたいしてない。あくまでのんびりした温泉宿の空気だけがながれて、来る人帰る人、たまたまの縁、ちょっとしたふれあい…..のリゾート映画だ。
ファーストシーンは温泉地にむかって山道を歩く2人、田中絹代と女友だちを先行する車載カメラで撮る。監督はよっぽど気に入っているのか、『按摩と女』とまったくおなじ撮りかただ。カメラも少しぶれ気味だったりしてやけにライブ感があるのが今っぽくておもしろい。落葉林のあかるい日陰と木漏れ日がすずしげなショットだ。温泉宿のシーンに変わって出てくるのは小津の『生まれてはきたけれど』でエイドリアン・ブロディ似のお父さんを好演した斎藤達雄。残念ながら10年の歳月をへて、もはやエイドリアンと呼ぶのはためらわれる。役柄はいやに気難しい学者だ。安い部屋に長逗留している彼は団体客(なにかの宗教の慰安旅行だ)がうるさく、しかも按摩を独占したことに腹を立てて帳場に文句をたれる。基本的に彼はコメディ担当で「こっけいな怒りっぽいおじさん」でほぼ最後まで通している。彼になぜか頭があがらないお調子者と女房と男子2人の家族。碁がすきな老人。それに従軍で足を悪くして療養に来ている元兵士。演じるのは笠智衆だ。


田中絹代が前の晩に温泉におとした簪を元兵士がふみつけて足を怪我してしまう。一旦帰って簪を忘れてきたことに気がついた絹代は、他の客に怪我をさせたことを知らされてわざわざ謝りにまた宿にやってくる。物語上とうぜん、2人はそこはかとなくいい感じになる。都会のくらしに何か嫌気がさしてリセットを願っていた絹代は宿に居着いてしまい、男のリハビリを応援するようになる。お調子者の息子の2人の少年もうっとうしいくらいに男を応援する。無理もなく、温泉宿の長逗留では少年たちは退屈しきっているのだ。おなじように退屈しきっていた大人たちも2人の仲が進展をはやしたてる。
トータルでいうと『按摩と女』のほうがお気に入りだ。ひょっとするとけっきょくのところ高峰三枝子田中絹代のどっちが気に入ったかの差かもしれないけれど、絵的にもどこかあっちのほうがしまりがある。まあ、本作はよりコメディで、ロケの範囲も狭いしね。お話上の盛り上がりは笠智衆がだんだん復活して長い距離をあるけるようになる、いわゆる「クララが立った」系の感動を採用している。でもなあ。泣くほどのアレじゃない。お話のピースとしてエピソードのストックの中からピックアップしたみたいな印象がないでもない。クライマックスは浅い川の一本橋渡りに挑戦する男をはらはらしながら見守る絹代が「あっ」といって駆け出して、的なシーンからの女の底力の発揮という流れ。笠智衆のオブジェ的演技はすでに確立されている感がややある。