按摩と女


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清水宏監督、前回の『有りがたうさん』の2年後、1938年の作品。ごぞんじのとおり、2008年に石井克人監督でフルコピーリメイクされた。主演草なぎ君の例のやつだ。石井監督はアングルから芝居から完コピしたというけど、企画自体はともかく、意図はわからないでもないくらい、いい絵の連発だ。今回は車は馬車くらいしか出てこないが『有りがたうさん』とよくにた、山道を歩く人たちを先行する車載カメラで長回しで撮るカットが使われる。画面の動きはぼくの頭の中の「昔の映画」感からするとかなり今に近い感じで、映像もきれい。木造旅館が並んだ温泉街のながめも素敵だ。
ストーリーは、温泉宿を回って仕事する若い按摩が、たまたま宿で客になったわけあり風美女にほんのり恋する話。旅先のちょっとしたかりそめのふれあいだ。他の宿泊客、学生グループや、幼い甥をつれて泊まりにきた男、宿で盗難がおこり困る主人、按摩仲間などがわりとフラットな感じで描かれて、群像劇っぽいかおりがある。温泉は伊豆エリアだと思っていたけれどロケ地はよくわからない。そこそこの距離をハイキングしてアプローチするしかない、でも学生グループや若い女性グループも気軽に泊まりにくる、そんな設定だ。
物語は終始のんびりしていて、温泉に保養にきているお客たちとおなじだ。深刻な人生模様だの世相だのが匂うこともない。ようするにリゾート映画なんだよね。『簪』とほぼ同じ。『簪』がおもにお客の視線で描いているのにたいして、こちらは按摩だからサービス業のがわ。それでも按摩の徳市は若くてしゅっとしたいい男だし、彼言うところの「目明き」にも負けない健脚だし、鼻っ柱がつよくて客にも卑屈になるところはまったくない。だからリゾート地の人間模様のなかの一人という見え方になる。


リゾート映画、このブログだとずばりがないけれど、『サイドウェイ』とか『スイミングプール』『ビフォア・ミッドナイト』あたりに、それぞれ部分的にらしさがあるかな? 基本的に優雅なわけだ。世知辛い話はとりあえず追いといて、いい景色や美味いものをキャストに託して観客も擬似的に楽しむ。出会いは偶然で、かりそめにふれあったひとびとも休暇が終われば去っていく、終わりが見えている出会い……そんな感じかなあ。戦前の日本ではリゾート感が「温泉」という形でちゃんと表現されていたのだ。戦後の一時期は温泉街もどうなんだそれ、という古臭さに見えていたかもしれないが(シニア用かリーマンたちの鬱憤ばらし大宴会の舞台か)、一周まわっていまどの年代にとっても温泉宿での休日は優雅なものとしてありになっている。映画では学生グループがハイキングのついでに泊まったり、お話上とはいえ若い女子グループが泊まって、そのあと元気一杯にハイキングで出かけたり、そんな空気感も当時あったのかなあ、とか思うと楽しい。

それにしてもわけあり女を演じる高峰三枝子はいい。派手な顔じゃないが日本的クールビューティーで、当時ものすごい人気だったらしいのも納得だ。デビュー3年目の20歳。歌えるスター扱いだったそうだけど、アイドルっぽい芸は封印している。というか愛人から逃げているお妾さんなんだから20歳のアイドルにしてはやたらと渋めの役だ。そんな背伸びした役にも不自然さがない涼しげな存在感が温泉宿を緑陰のリゾートに変える。