ラッチョ・ドローム


<参考>

ロマの人々と音楽を描く、1993年の映画。映画は彼らの起源の地といわれるインド、ラジャスターン州の人々の婚礼の儀からはじまる。そこからエジプト、トルコ、ルーマニアハンガリースロバキア、フランスのロマたちとその音楽が描かれて、最後はスペインのフラメンコで終わる。その歴史の捉え方は、たぶん『ジプシー・キャラバン』の下敷きにもなっているだろう。『ジプシー』と違うのは、こちらは監督トニー・ガリフ自身がロマの血を引いているということだ。
インドではアカペラ的な歌モノからハンドドラムや弦楽器がまじった音、トルコでは中東風のウードみたいな弦楽器とパーカッションの編成、ルーマニアではおなじみ超高速合奏団で、ブラスバンドではなくてバイオリン、ウッドベースなどの弦楽器とツィンバロム、フルートやアコーディオンのバンド。フランスではジャンゴ・ラインハルト風のマヌーシュ・スウィング、スペインではステージショーではない、コミュニティのためのフラメンコ。
たとえばこんな感じ(YouTube)。
インド(砂漠の中でダンスがはじまる)
エジプト(子どもがパーティーをのぞきにいく)
ルーマニア(高速弦楽団)
ルーマニアチャウシェスクについて歌ってるっぽい)
フランス(マヌーシュ・スウィング)
スペイン(フラメンコでいろんな年代の女たちが踊る)
スペイン(吠えるように歌う女)

一見つながりがないそれぞれの国のひとびとが、ロマという民族的伝統だけであきらかに共通する旋律やコブシをもっていることがいやでも感じられる。使う楽器は違うし、リズムも違う。しかし最初のインドからラストのスペインまで何か同じコブシを感じる。

この映画、ドキュメンタリーというのかわからない。雰囲気でいえば『ブエナ・ビスタ・ソーシャルクラブ』みたいで、ノンフィクションなんだろうけど、それなりのストーリーがあって、それに沿って絵も作られる。要するにカメラが待っていて、出演者が収まりのいいところに移動してきたりする。本人役で演技しているともいえる。まあそのあたりは大して重要じゃないだろう。とにかく唄と踊りを見せる映画だからだ。
映画はどこの土地でもこどもに焦点をあてる。こどもの役割は「目撃者」だ。婚礼の儀式の中にいてそれを見たり、音楽を楽しむ大人たちを見たり、自分も労働力となりながら貧困な生活を目の当たりにしたり、滞在場所をなかなか見つけられないキャラバンの馬車のなかで移動しつづける自分たちを見たり、怒号のように叫ぶように歌うスペインの女性を見たり。どのこどももとても可愛いので、観客も感情移入しやすいし、ある意味、半部外者であるこどもたちの視線に託して、ロマたちを見ることができる。歌うこどもたちはものすごくうまい。
この映画、さっき書いたみたいに唄と踊りだけに浸っていれば十分に楽しめる。ただもちろんそれだけじゃなく、彼らの歴史と実情もストレートに訴える。唄の歌詞ではしいたげられた歴史がかたられ(セリフにはないが歌詞には字幕がつく)、ところどころで貧しい生活や定住場所がない実情が映される。それでもエンドクレジットまではそれぞれの舞台がどこかも説明されない。変な予断を持って見て欲しくないのかとも思えるけれど、「ただ感じてくださいね」という見方の映画でもないだろう。それじゃあまりにもナイーブすぎる。ある程度の基礎知識はもとめられる映画だ。そういう意味では『ジプシー・キャラバン』を先に見るといいかもしれない。