The Fall 落下の王国


<公式>
すごく独特な映画で、「あの映画みたい」というのがなかなか思いつかない作品だ。 物語の構造は、フィクションがあって、その登場人物が語るフィクション内フィクションがあって、二つのストーリーが平行してつづく。こういう構造はめずらしくない。直接ヒントになったのは『Yo Ho Ho』というブルガリア映画だそうだけど、『パンズ・ラビリンス』や『鏡心』『ヘイズ』みたいに登場人物の夢や脳内現実を映像化して・・・とか、『ユージュアル・サスペクツ』みたいな登場人物の語りを映像化して・・とか、いろいろあるといえばある。でもこのあたりとは感触がだいぶちがいますけど。この映画の独特さは、あんまりこういうくくり方はしたくないけれど、監督ターセムのCM/MVディレクターというキャリアもあるかもしれない(ターセムのウェブサイトにあるDeepForest"Sweet Lullaby"のMVはこの映画の予兆みたいなところがある)。
フィクション内フィクションのシーンは、物語はあるにはあってもたいして重要じゃなく、シーンのつながりもわりと希薄で、それよりも印象的で美しい映像を場所ごとにさがして、つないでいるみたいにも見える。物語をかたるための映像というのは少なくて、逆に物語は美しい映像の乗り物みたいだ。映像はとにかくきれいでクオリティは高い(んだろうと思うよ)。映像詩的なのと同時にすごくわかりやすくてキャッチーで、しかも安定感がある。戦隊モノみたいにわかりやすく色分けされた衣装のキャラクターたちだけじゃなく、せっかく苦労してロケしている世界各地のうつくしい自然や古典建築を、十分に見てもらおうよ、という撮り方でもある。

物語はむしろ、このフィクションの中での「現実」、つまり主人公ロイ(リー・ペイス)とお話の聞き手の少女アレキサンドリア(カティンカ・アンタルー)の世界にある。ロイはサイレントムービー時代のスタントマン。撮影中に大怪我を負って下半身が動かなくなり、入院している。おまけに恋人の女優はその時の映画の主役にさらわれた。アレキサンドリアは英語がいまいちな、たぶん移民の子。腕を骨折したらしくて吊っている。ロイはある意図をもって、なついてくる少女を引きつけるためにファンタジーを語って聞かせる。意図というのは、病院の薬剤置場から自殺するためのモルフィネ錠剤を少女に取ってこさせることだった。そこだけ取るとペシミスティックな物語だけど、ふんいきはやさしくほんわかとして、そこはかとないユーモアもあって、全体に平和。
ロイと少女のシーン、アレキサンドリア役のカティンカはプロの子役という感じじゃなかったらしく、幼い自然児をうまく誘導して最高の表情(と場合によってはアドリブのセリフも)を引き出す、みたいな撮り方をしていたそうだ。撮影は順撮り、つまりシーンとおなじ順番で撮っていき、アレキサンドリアが初対面の大人の男性に、はじめは緊張して、だんだんなついていってべたべたしだすところ、ロイが怒ったりあばれているのを見てびっくりしたりおびえたりするところ、ある意味ドキュメンタリーになっているのだ。
フィクション内フィクションのほうは、「現実」の登場人物が扮するファンタジックなキャラクターたちが活躍するわけだが、それぞれのパーソナリティーは掘り下げられていないから、役者たちにはあまり存在感がなくて、どことなく軽く見える。ロイが語る物語が、つまりは幼い少女を楽しませるためのおとぎ話だから、わりと他愛のない話になるのもあたりまえなのだ。つまり、映像としてはむしろ主役のこちらのシーンは、物語構造としては完全に「現実」に従属してしまっていて、「現実」にはみ出してくるような境界のあいまいさというのがないのだ。

ちなみに映像のゴージャス感からすると意外なことに、この映画ほぼ自主制作映画だという。CMでかせいだ金を元手に、どうやらCMのロケのついでなどもちゃっかり利用しつつ、相当予算をおさえて、その分撮影に4年をかけて撮ったそう。たぶんそうなると一貫性のあるドラマはやりづらいだろう。とうぜんビッグネームの俳優なんて呼びようもない。ロケ地は病院のシーンは南アフリカ、ファンタジーの舞台は、バリ、中国からアフガン、イスタンブールプラハ、パリ、南米などようするに世界中だけど、メインはインド。建築マニアには有名なインドの古典建築や有名な遺跡を舞台にして撮る。監督はインド人で、映像作家としてのキャリアはアメリカで築いているけれど、その辺はインドの風景、バリウッド映画への思いなどとうぜんあるんだろう。石岡 瑛子の衣装は、ファンタジー感とふしぎなゴージャス感が同居して、しかも一目でキャラクターを描き分ける記号性もあるので、ロケ地が飛んでも物語がつづいている印象をもたせるのに役に立っている。
まぁ、正直に言うと、やっぱり物語的な牽引力がないということなのか、美しい映像もしろうと目には癖がかんじられないということなのか、ぼくにとってはあまり入ってくる映画じゃなかった。そうか、美しい映像で「ロケには苦労したんだよ〜」という部分が前面に出てくるわりにドラマが弱くて損してる、というとこだけとれば『剣岳 点の記』的といえるかもね。