世界にひとつのプレイブック


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ストーリー:暴力事件をおこし、妻も教職をうしなって、双極性障害の治療のために入院していたパット(ブラッドリー・クーパー)は退院して自宅にもどってきた。急に切れ気味になるメンタルはまだなおらない。それでも家族や友達はやさしい。夕食にまねかれたパットは、友達の義妹ティファニージェニファー・ローレンス)とであう。あきらかにメンタルに問題をかかえている彼女に自分をたなに上げて引き気味のパットだけれど、ティファニーのほうは積極的だ。ダンスの大会をめざす彼女のパートナーをひきうけたパットはいつのまにか練習にもえる…….
この映画、ジャンルとしては『ヤング≒アダルト』とちかい。年齢はとっくに大人になっている主人公が、本当の意味で大人として歩んでいくため、引きずってきた何かから脱皮しようというお話だ。どちらもかなりメンタル的に追い詰められた主人公をコメディでシュガーコーティングして観客に飲み込ませる。うけるんだろうね。こういう振り返りを必要とする観客がアメリカにも多いってことだろうか。ちなみに主人公は切れやすいこまった男なんだけど、とちゅうで出てくる「急にあるものを探しはじめて見つからずだんだんクレイジーに」はぼくも他人事じゃないからうえっとなった。でかける直前に、そんな必要でもない何かを急にさがしはじめて、なぜか絶対に見つからず、でも意地でも見つけたくなって、不思議なくらい腹が立ってくる。まえはけっこうあった。そうか、あるんだ……そういう症状。
この映画の不思議な魅力と、同時にある微妙な違和感は、それぞれ結婚生活と別れを経験している2人なのに、まるでローティーンの物語みたいなところだろう。たしかにブラッドリーはアングロサクソンにしては童顔だし、ジェニファー・ローレンスはそもそもまだ22歳だけど、大人は大人だ。だいたい二人揃って180cmオーバーの大型カップルだ。
でもパットは共感力が欠如しているタイプで、無邪気に空気読めない発言をしてみたり、相手を考えないで自分の興味だけで質問してみたり、相手が思いをぶつけてきてもまったく受信できなかったりで、それがどこか子供じみて見える。別れた嫁とやり直せると一途に信じ込んでいるところも、無防備なセリフもそうだ。
そんなパットなのに、かわいいメンヘラ系ティファニーが文字どおり追っかけてきて「友だちになりたいのに!」という。「いっしょにダンスの練習しようよ!」でもパットは、「僕、好きな人いるんだ、手紙わたしてよ」とか「今日お兄ちゃんとフットボール見に行くんだ、練習さぼっちゃだめ?」とか、どこの中学生恋愛日記なんですか。

もとの小説はパットの1人称で描かれている。こどもじみたパットだから世界の認識もしょうしょう子供じみているかもしれない。だからか映画でもじゃっかんそういう描かれ方がある。かれからみた「おとな」の単純さというか。
まずお父さん。デ・ニーロが演じるお父さんは息子を愛してそれをちゃんと表現するいい父親なんだが(デニーロが滋味あふれてすごく魅力的!)、フットボールと野球の応援にはまり過ぎ、しかも毎回金を賭けている。そういう部分しか見せないから、どうみてもしゃきっとした大人のロールモデルに見えない。主治医のパテル先生はいわゆる「先生」で、冷徹に対応してパットにふくれっつらをさせるけれど、休みの日にはフットボールの試合ではめをはずして「なあんだ、あんがい話せるじゃん」と安心させる。保護観察中のパットをちょくちょく見に来る警官は抑圧的な「社会=おとな」の象徴。親友のロニーやダニーもノリはパットと大差ない。パットから見ればそういうことでしょ。そしてお母さんだけはこの物語のなかで欠点がなく、父子2人を見守って、家庭のたがを守っている。パットが前向きになったりなにかなしとげたりすると感極まったかんじでうんうんうなずいて、絵に描いたような親による承認を体現するのだ。この「おかあさんのうなずき」はけっこう出てきて、ますますパットが子どもに見えてくる。アメリカ映画ではちょっとめずらしいんだよね。だいたい父の承認の物語だからさ。

メンタルに問題を抱えた2人、物語的にはわりと健全だ。ちゃんと目標を設定して、前向きに努力を続けることができて、勝負の場でも全開で自分を表現できる。大会で踊りきっただけで仕事もないままだけど、あれやこれやで家族に金は入ってくるし、なにか達成した感満点だ。家族も友人もご近所もあたたかい。『ヤング≒アダルト』にくらべるとずっと見るのが楽な映画だ。原作はヤングアダルトノベルで映画もその辺がメインターゲットなのか、「パットの世界」としてあえてこうしたのか。あるいはこの微妙な主観的視線はひょっとすると監督のくせなのか(『アメリカン・ハッスル』でもすこし感じた)。そんなこんなで、「簡単すぎじゃね?」とかんじるところもあるのだ。
ところでだ。ジェニファー・ローレンスはいい。仲里依紗がスケールアップした感じじゃないか。骨太でちょっとがさつだけど可愛らしい。『ウィンターズ・ボーン』でもそうだった、「自分のルールに忠実」な女の子像がよくにあう。アン・ハサウェイティファニーを演る目もあったそうだ。彼女、メンタルに問題抱えたヒロインには実績がある。大好きな『レイチェルの結婚』だ。でも彼女だともっとピキピキした痛いヒロインになったかもしれない。どこか笑える野太さはジェニファーならではじゃないかな。さいしょの設定ではティファニーはもっとゴス系設定だったのを、彼女にあわせてノーマルよりにして、監督はちょっと太るようにいったそうだ。よくわかってらっしゃる。