クロニクル的な愛の物語 ちょっと思い出しただけ & 花束みたいな恋をした

■ちょっと思い出しただけ

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ストーリー:ステージ照明技師、照生(池松壮亮)とタクシー運転手の葉(伊藤沙莉)。同じコロナ禍の東京の夜、ぐうぜん2人の距離が近づく。過去に2人は一緒に暮らしていた。ジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』をセリフを覚えているくらい好きだった2人。葉は映画に出ていたウィノナ・ライダーみたいに夜の街を移動し続ける....

本作、未見の人はまず1回見る方がいいです、たぶん。ネタバレ的な映画ではない。あるラブストーリー、2人は今は別々に生きている。そこは初めから分かってる。紹介サイトでも、監督インタビューでも、なんなら公式でも、本作の特徴の語り口も分かる。でもそこすらも知らずに見る方が多分楽しい。大きくは似た構成の『アレックス』と、でも見た感触はぜんぜん違う。一番大きいのは最後が切りっぱなしじゃなくループを閉じるところだ。そこで一気にノスタルジーが噴出する。

東京の夜がじつにいい感じに撮られている。『ナイト・オン・ザ・プラネット』がモチーフだし、夜のシーンが印象的じゃなくちゃいけない。タクシーで走る葉の周りを流れていく新宿も、照生がいろんな人と出会う高円寺も。本作に限らず、最近の『花束みたい』も『街の上で』『あのこは貴族』『愛がなんだ』、みんなそれほどの予算規模じゃないはずだけど東京の夜が等身大に、それでいて貧相じゃなく居心地良さそうな街に撮られていて素敵だ。機材や技術ももちろんあるんだろうし、撮り手たちの感覚もある。

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ちなみに本作は地理的に正しい東京を描こうとしているわけじゃない。照生が住んでる古いマンションは横浜根岸にある。最近アマプラで見た『名建築で昼食を』で池田エライザが住んでたのと同じところだ。窓から根岸競馬場が見える。朝通っていく公園は横浜山手の公園だし、照生が働いていたのは金沢八景シーパラダイス。高円寺で夜遅くまで飲んで帰る地理関係とは違う。いい絵を探せばそうなるだろう。本作、ジャームッシュの『パターソン』に似た空気がある(永瀬正敏の佇まいは『ミステリー・トレイン』よりこっちに近いし)。『パターソン』もロケーション的には上手に嘘をついていた。

主要な演者はみんなじつにいい。池松壮亮伊藤沙莉も、ぼくが見るごく限られた映画でよく見かける2人だ。池松の柔らかい雰囲気もいいし、伊藤沙莉は、同世代でこの存在を出せる女優はちょっといないだろう。ただ、ぼくが若くもないせいか、出会いはじめの大はしゃぎする芝居より、孤独になっていってからの演技の方がしみた。分かるんだけどね。構成として、出会い序盤をどんどんキラキラさせたいのは。

2人が口喧嘩するシーンがある。ステレオタイプなドラマだと照生が女性の、葉が男性のふるまいみたいに見える。思うことをポンと口に出せずに飲み込んでしまうのが照生の方なのだ。すごく意外だったのが、初めの設定では照生と葉が逆で、照生がタクシードライバーだったというのだ。とうぜん『ナイト・オン・ザ・プラネット』からの女性ドライバー設定だと思っていたんだけど、上に書いたぼくの印象もその設定変更の名残りなんだろうか?あきらかに今の設定のほうがいいと思う。

本作は『花束みたいな恋をした』の少し先の話みたいにも見える。表現者に憧れて、でもなる前に断念した麦と比べて、照生は一度はそこにいたしそこで生きていく筈だったのだ。そして役割が変わって表現者を支えながら、その世界にいつづけている。先に断念した葉がまったく違う、半端にキラキラしない職業を選んだのもいい設定だ。映画全体が舞台芸術や音楽へのシンパシーに満ちていて特有の香りになっている。そういう意味でも舞台は高円寺なんだろう。

 

 


■花束みたいな恋をした

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ストーリー:調布に住んでいる大学生、麦(菅田将暉)と 飛田給が最寄りの大学生、絹(有村架純)。明大前で終電を逃してぐうぜん出会った2人は好きな本やお笑いや映画が奇跡のようにぴったり一致、とうぜん気があって、卒業後には一緒に暮らすようになる。でも別の世界に進み始めた2人はだんだんすれ違うようになって....

こちらは大ヒットでいろんな人に刺さりまくり、無数の考察や感想が溢れている。ぼくが付け加えるとしたら「調布映画」という点くらいだ。もともと調布って縁がなかったけれど、仕事でここ数年よく来るようになって、何度も泊まったし、パルコはもちろん、なんなら麦と絹が初めてキスした聖地的な交差点も車でしょっちゅう通り過ぎて、近くのファミレスで食べ放題のカレーを食べていた。

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調布には今も日活の撮影所角川大映スタジオがある。角川のスタジオは2人が住んでいた多摩川沿いのマンションのすぐ近くだ。じつを言うとぼくの親戚の一人はこの辺りの映画会社にかかわりが深くて、映画業界の盛衰に飲み込まれてなかなかに波乱万丈の人生になってしまった。まあそれは置いといて、調布全体が「映画の街」として打ち出しているし、京王電鉄が昔からロケ協力が充実してるのも無関係じゃない。本作ももちろん京王沿線映画だ。

本作も街の映し方がとてもいい。室内シーンも『ちょっと』と同じで、古いマンションのインテリアをきれいにし過ぎず自分らしく暮らす感じが、リアリティのある「いい感じの生活」なんだろう。少し前までは、この手のラブストーリーとかだと、古い部屋設定でももう少しファンタジックだった気がする。実在のマンションの上に仮設でスタジオを作ったらしい。

役者についていえば、本作でも後半の空気が悪くなってからの芝居の方が役者にあってる感じがして染み渡った。有村架純は主演作が多い割にあまり他の作品を見ていないけれど、序盤の、なんて言うんだろう、独特の文化系女子感は少し人工的なキャラに見えてしまった。誰もが感動するクライマックスの(ファミレスでの...)シーン、麦が絹に最後の訴えをするそのセリフ、じつは『ちょっと思い出しただけ』で葉が照生にいうのとほとんど同じだ。