山中貞雄2作 人情紙風船 & 丹下左膳余話 百萬両の壺

山中貞雄(1909ー1938)作品、今まで見たことなかった。いま見られる3本の作品は今ではパブリックドメイン化されて、Youtubeでも海外のチャンネルで全編見られるのがある。20代で戦病死した監督だからどちらも若い時代の作品だけど、青さはない、達者といっていいエンタメだった。

■人情紙風船

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ストーリー:江戸の長屋に住む髪結の新三は金に困り、勝手に賭場を開いて地回りのヤクザに睨まれている。同じ長屋の住人、浪人の海野は死んだ父のつてで武士の家に仕官を頼むが相手にされず苦しい日々だ。その武士の家に娘を嫁がせようとしている質屋の白子屋に面白くない目にあわされた新三はひょんなことから娘を長屋に連れ込み....

1937年公開。トーキー(セリフが音声で入る)になって数年くらいの作品で、もちろんモノクロ、フィルムの状態もよくないから解像度は相当に低くて、古いノイズだらけのレコードを聞いて元の味わいを想像するみたいな楽しみかただ。1938年の『按摩と女』が思った以上に綺麗な映像で気持ちよかったのを考えると、4Kリマスター版はずっと見やすいかもしれない。

歌舞伎『髪結新三』が原作の時代劇だ。貧しい長屋の住人側の視点で、でもタイトルから想像するようなほっこりした人情話や、パワーがある側(武士、大商店、ヤクザ組織)を出し抜く弱者の痛快ドラマに期待するようなカタルシスはない。なにかを達成できない者たちの物語なのだ。唯一盛り上がるのは大家がたまにスポンサーになってくれる長屋の宴会のはかない饗宴なのだ。

ドラマ自体はすごく飲み込みやすい。監督は役者を当時の若手歌舞伎役者の集団「前進座」で固め、現代語で喋らせる。音声も20年後の黒澤明の一部の映画より全然聞き取りやすい。キャラクターたちは落語の登場人物にも似ていて、今見ても普通の感覚を持っている。歌舞伎っぽく声を作ったり見えを切ったりもなくて、全体に淡々とした演技だ。僕たちからすれば映画が撮られた1930年代だって歴史上の年代だし、そこで描かれているさらに100年前の空気は、実はこんなだったんじゃないかと錯覚しそうになる。

ショットのつなぎや編集リズムが今の目から見るとすごく自然で見やすい。省略していいところは切り、間延びしないし、小物のクローズアップを入れてちょっと語らせる感じ、説明的なセリフを使わず細かい表情でわからせる演出。あと、これも監督の作風だそうだけど、時代劇につきものの刃物を使ったシーンも決定的なところは見せない。全体に軽やかなのだ。

解像度が低いのは残念だけど、映像も慣れてしまえばけっこう凝った撮り方で楽しい。画面の情報量が多めの絵作りで、長屋の路地は建物が迫ったパースの効いた画面にこまごまと小道具が映り込む。特に庶民の生活シーンは意図的に雑然とさせて生活感を出したのかもしれない。それ以外も夜のシーンの黒の使い方や雨の演出、ちょっとした水面の表情なんか意外に繊細だ。室内シーンはカメラが低くて正面に中庭が映る。後年の小津の撮り方だ。制作はPCLとなっているから、世田谷にある東宝の撮影所のセットで撮っているんだろうか。

ラストシーンで紙風船が水面を不自然なまでにクイックに流れていくシーンがある。これ、黒澤明の『椿三十郎』を思い出した。水面に落ちた椿がいやにアクティブに流れていくのだ。これって山中へのオマージュだったのか....

 

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丹下左膳余話 百萬両の壺

<解説>

ストーリー:江戸時代。柳生家に伝わる茶壺に百万両の隠し場所の情報が書き込まれていることが分かる。壺は婿に出した次男源三郎の結婚祝いにやってしまっていた。本家は慌てて回収に向かうが、そんなことを知らない源三郎は無価値な古物として手放した後だった。慌てた本家と源三郎は壺の捜索に乗り出す。そんな時、矢場に居候していた丹下左膳は....

1935年公開。こちらは日活配給で撮影は京都だろう。映像も『人情紙風船』と少し違う。印象としては照明が少し平板で、室内シーンも顔をよく見せるように陰影が乏しくて、残念だけどさらに古くさく見える。主人公が人気時代劇キャラクター丹下左膳で、もろにそのコスチュームなので、いわゆる『時代劇』感は強い。

本作は人情コメディーだ。今もある、お宝をめぐって全員が右往左往する典型的なマクガフィンもの。この手のは肝心の壺が最後まで出てこないパターンもあるけれど、本作では最初からやたらと出てきて古物屋や子供やらにぞんざいに扱われる。

主人公丹下左膳は当時のスター大河内傳次郎。その愛人で矢場の女主人は超売れっ子芸者から歌手になった喜代三という女性だ。傳次郎はセリフが特徴的というかなまりがきつくて、体型的にもいかにも戦前の役者。当時37歳なのだが、50過ぎの役者が白塗りしているみたいにも見える。左膳はオリジナルの冷徹な殺し屋からお人好しのコメディキャラに変えられて、壺探しに絡みつつ、女と一緒に身寄りのない子供の面倒を見て疑似家族を形成したりして、原作者に「これは私の左膳と別物」と怒りをかったらしい。.....思い出しますね、『カリオストロの城』。

編集はあいかわらず間延びがないし、省略もうまくて見やすい。1番の特徴は登場人物が「絶対しないからね!」→次のシーンでそれをやっている というツンデレ的な逆転のカットだ。丹下左膳もやってコメディ感を高めている。少々使い過ぎの感はあるけれど...。この手法、今でも使われていると思う。思い出すのは真田広之小泉今日子主演の『怪盗ルビィ』(1988年)だ。監督の和田誠はシネフィルだしこれはオマージュなんじゃないか。

ところで矢場というのは、江戸時代にあった遊び場だ。おもちゃみたいな矢を射て、的に当たると景品がもらえる。でもそっちがメインかは怪しくて、芸者上がりの女将と女の子が何人もいて接待してくれる店だ。『眠狂四郎無頼控 魔性の肌』にも出てきていた。ある文化圏のカラオケパブみたいなものだろう。

そうそう、大河内傳次郎は京都郊外の山荘に30年かけて庭園を作った。そんなにクラシックな作りじゃなく、山の斜面だから眺めも良くておすすめです。

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