デヴィッド・リンチ R.I.P. マルホランド・ドライブ&ジャックは一体何をした?

デヴィッド・リンチ、亡くなってしまいましたね。まだ70代で、あの毛量からは信じられないのだけれど、晩年は相当に衰弱していたそうだし、LAの大火災からの避難生活が最後の一押しになってしまったともいうし....安らかに。

🔹マルホランド・ドライブ

ストーリー:ベティ(ナオミ・ワッツ)はカナダからLAにやってきた女優志望。業界にいた叔母の豪華なアパートメントに住む。ところがそこには交通事故から逃げ出し記憶を失ったリタ(ローラ・ハリング)がいた。訳ありの彼女を助けながらオーディションに行き女優への夢を追うベティ。でも彼女を取り巻くハリウッドは陰謀や圧力や見えない暴力が渦巻く世界だった....

2001年公開。もはや古典と言っていい作品だ。本作は元々TVシリーズとして計画されて、2時間近くのパイロット版を制作したのに企画がストップしてしまい、フランス資本が援助して追加撮影して劇場映画にした。いわゆる「LAダークサイドモノ」というか、女優志望の若い女性がショービジネスの闇に飲み込まれて悲劇を迎える物語、そのジャンルを発射台にして、リンチワールドに飛翔していく感じだ。

物語は時間でいうと2/3くらいのところでガラッと変わる。ふつうに考えれば前半がパイロット版の部分だろう。夢幻的なシーンは少なくて一見下世話なLAモノっぽい群像劇になっている。なんの説明もなく唐突に癖のあるキャラクターが出てきてワンエピソードで消えたりするのは、TVシリーズを圧縮したパイロット版だからだろう。でもそれがいかにもリンチっぽいというかコラージュ的な面白さになっている。

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(c)Universal Pictures via The Guardian

前半部のベティは人工的そのもののイノセントな笑顔をマスクのようにかぶり、記憶も行き場もなくて何かに怯えている訳あり風のリタといいコントラストになる。見た目にも白と黒のペアは同じLAダークサイドものの『ブラック・ダリア』を思い出す。「黒」側のローラ・ハリングはメキシコ出身で、スイスで教育を受けたりドイツの伯爵夫人に一瞬なったり、文字通りの訳ありで人生的な厚みも相当ありそうだ。物語は2人の親密な雰囲気を中心にまわる。

後半パートではナオミ・ワッツハリングもがらっと雰囲気が変わって同じ顔なのに同じ人物に見えない。場所やキャストの再配置の仕方も含めて前半の作りもの感がきわだつような面白さがある。物語の転換点近くで、2人が深夜に劇場に行くシーンがある。一応客もいるのだがステージ自体がシュールで、暗い劇場で照明に浮かび上がる赤い緞帳がいかにも象徴的だ。この感じ、いろんな映画で見たことがある気がするんだけれど、なんだっただろう。前に本作を見た時の記憶だったのか....

本作はリンチ作品いつもながらの難解さやイメージの自由さがあって考察ものがいくらでもある。だいたいは「前半は夢か妄想、後半が現実」という解釈だ。お話としてはそう解釈すると収まりがいい。だけど最初からそのつもりで撮っていたらこの感じにはならないだろう。制作の事情を考えれば、前半もふつうに物語として撮っていたんじゃないか。だからこそ逆に「夢もの」めいた狙った感じがしない独特の味わいになったような気がする。

映像は、時代的に夜景なんかは不鮮明だし、特殊効果もわりあい素朴なところもあるけれど、女優2人の写し方を含めてなんともいえないこってりした濃密さとリッチさがある。もちろんリンチならではの独特のビジュアルイメージがところどころに差し込まれる。くらべるのもなんだけど、LAショービジネスのダークサイドを題材にした『アンダーザシルバーレイク』が薄味なジェネリックに見えてこないでもない。

 

 


🔹ジャックは一体何をした?

<公式>

Netflixオリジナル、カルティエ財団出資の短編。2017年公開だからリンチ作品としては最近作だ。出演、デヴィッド・リンチ(捜査官役)、サル(本人役)、雌鶏(本人役)、女優(ウェイトレス役)の4名。基本は捜査官とサルの会話劇で、サルは口だけCGで合成されて、中年男の声で捜査官と意味の通らない、でも妙に含蓄を感じる会話を繰り広げる。

それぞれが話すときにカットが切り替わるから、セリフのカットを編集でランダムに組み合わせて作ったのかもしれない。シュールリアリズムの作家がやるみたいなあれだ。映像はずっと同じで声をかぶせているだけだから、順番をどうやってもシーンの繋ぎには関係ない。編集もリンチ本人のクレジットだ。

後半になるとセリフに一貫性が出てきて、何やら愛を歌い上げるシーンになる。

全部で17分くらいだからNetflix加入の人は気軽に見るのも悪くないです。ただし短編とはいえその催眠力は強力で、この短時間でぼくは途中寝落ちしてしまい、もう一度見ることになった。

アーチストとしてのリンチの若い時代を語っているのがこちらだ。