瞳の中の秘密


<予告編>
ストーリー:1974年。ベンジャミンは裁判所ではたらくノンキャリの捜査官。アメリカの大学院卒のエリート、イレーネが上司に着任する。そんな彼が若い主婦の暴行殺人事件を担当することになった。妻を殺された夫は仕事のあとに犯人らしき男があらわれるんじゃないかと毎日ターミナル駅に張り込む。ルールを逸脱しながら、部下の助けも借りて、ベンジャミンは犯人の行き先を絞り込む。でも時代は民主政権がクーデターで軍事独裁政権にかわるまさに前夜。法の正義も保証されているわけじゃない。逆に身の危険がせまり、ベンジャミンは地方に移動することになった。本当は愛していたイレーネと別れて。25年後、引退した彼はこの事件のことを小説にしようとしていた。過去を思い出すうちに決着したはずの事件に疑いが浮かび始める。

アルゼンチンの軍事独裁政権は1976年から1982年。マルビーナス戦争、フォークランド紛争とも呼んでいたイギリスとの約2ヶ月間の戦争の敗戦(降伏)が軍政がおわる直接の契機だ。映画の舞台の1974年は、1940年代から何度か政権についていたペロンが死に、妻イザベルが大統領に就任したころだ。wikiによれば大統領の顧問が極右のミリティアを組織して反政権の人々を暗殺していた。主人公たちが狙われる暗殺部隊がこれだろう。犯罪者でも有用だとなると強引に釈放されて暗殺者になる。
圧政の時代の記憶が、犯罪者をおう刑事たちの物語のトーンを決定している映画といえば『殺人の追憶』があった。それから遠い過去の犯罪の記憶が現在とつながる構成、ドイツ映画『23年の沈黙』があった。この映画ではそれなりにショッキングなオチが用意されていて、時代の重苦しさや、犯人のどうしたって犯罪をおかすしかないような気質の描き方、捜査官が逆に恐怖を感じるシーン、犯罪被害者の(一見おしゃれなイケメン銀行員の)強烈な執念の持続、など物語はしっかりしている。主人公の部下、アル中の書記官らしい男との相棒ぶりもいいアクセントだ。書記官役はコメディアンらしくて、変わり者だけど頭が切れ、酒で職場に穴をあけつつもモチベーションが高い、そんな役だ。あと、ちょっとした小物を何度も使って物語に縦軸をいれていく構成もどことなくしゃれている。タイプライターとか、イザベルが執務室の扉を「あけておいて」とうか「閉めて」というか、というところとか。アメリアカデミー外国語映画賞を受賞して、2015年には熟女ダブルヒロインニコール・キッドマン&ジュリア・ロバーツ)でリメイクされている。設定はもちろん、ストーリーもだいぶ変わっているみたいだ…っていうことは恋愛要素ははぶかれているんだろうか?

そう、この映画、もちろんミステリーであり、軍政時代の空気を30年後に描くという意味もありつつ、上司と部下の、表にだせない恋愛映画でもあるのだ。ヒロインのイザベラ役は撮影時に40歳、ベンジャミン役は48歳、たぶん1974年当時の設定ではだいぶ下だと思うけれど、見た目も十分に大人の恋愛映画だ(ちなみにそのせいで2人とも現在と25年前の差があまりない)。現在のイザベラ(設定上は50代だろう)がぱあっと文字通り顔をかがやかせるシーンがある。そこはもうテレもなく瞳に思い切り大面積でハイライトを映し込んで、彼女のうれしさをストレートに表現。ちゃんとかわいく見せている。
そんな感じでかっちりした映画ではあるんだけど、なんていうんだろう、英米の最近の映画に慣れてしまってるせいか、なんだか少し古典的な語り口に感じてしまったところはあった。どこがだろうな、映像のアイディアや編集テンポもあるんだろう。あとひとつだけケチをつけると、犯人をサッカースタジアムで見つけるシーンがあるんだけど、さすがに説得力がない。顔を知ってる捜査員が100人くらいで探してるならともかく。このシーン黒澤明の『野良犬』の後楽園スタジアムのシーンを思い出した。ひょっとすると遠い祖先なのかもしれない。