インフル病みのペトロフ家

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ストーリー:2004年ロシア、エカテリンブルク。自動車整備工ペトロフは漫画描きが趣味。別れた妻と息子がいる。ペトロフはインフルエンザにかかり高熱でもうろうとしながら仕事帰りのバスの中だ。とつぜん降ろされた彼は銃を渡される。そのあともおかしな車がバスを止め、男たちにアジトへ連れ去られる。そこから熱に浮かされた妄想なのか思い出なのか現実なのか分からないまま混沌とした時間が続く...

ロシア=フランス=スイス=ドイツ合作。公開はどマイナーで、東京ではイメージ・フォーラムだけだ。監督はロシア人、キリル・セレブレンニコフ。ロシアの演劇・映画界ではそれなりの重みがある人だけど、体制批判の発言が多かったせいか、公金の詐欺罪で起訴、軟禁されていた。軟禁中に脚本を書きフランス人プロデューサーが協力、軟禁から解放された隙をついて撮影したという、成り立ち自体ドラマチックな作品だ。2021年のカンヌに出品された。

物語の舞台は2004年冬のロシア。監督の他の作品を見ていないから作風はわからない。本作は体制に対する怒りがストレートに伝わってくる。全体にとにかく骨太な映画だ。ユーゴの監督、エミール・クスリトッツァの『アンダーグラウンド』を思い出す。

特に前半は音響としても太い。環境音は生々しいし、BGMは聴き心地よくないし、作中の男女のセリフが全て怒鳴り声のような、叫び声のようなうるささだ。誰もが、あらゆるシーンで怒鳴りあっているし、罵り合っているし、世の中に毒づいている。主人公だけが抑え目だ。作り手は音響の面でも観客に居心地良く鑑賞してもらうつもりは一点もない。

映像もノイジーだ。街もバスもアジトめいた部屋も埃っぽく殺風景だ。人々はぼくたちの「幻想のロシア」風にあまり今風じゃない服を何重にも着込んで寒さをやり過ごす。頑丈そうな体躯の男たちが、ウォッカをあおったり掴み合いで争ったりする。街の風景は夜が多くて、灯りは暗く、ひたすら寒そうだ(撮影の都合もあったらしい)。ただし撮り方はスタイリッシュだし、だんだんとそれが際立つようになっていく。

タランティーノの香りもところどころでする。トリッキーな時制や犯罪めいたどたばたの描き方は『パルプ・フィクション』ぽい。女性が爽快なまでに暴力性を発揮するシーンはタランティーノや最近の色んな映画を思い出させる。その中で人々の重厚感がロシアらしさを漂わす。

https://ogre.natalie.mu/media/news/eiga/2022/0209/petrovsflu_poster202202.jpg?imwidth=400&imdensity=1

本作、「こんな話」と短く説明できない映画だ。骨格の骨格まで削ってしまえば、2004年、ある一家の年明けの何日かの物語。だけどそこに1990年の記憶、1976年の出来事、誰かの妄想や誰のものでもない非現実のシーンが折り重なって、しかもそれがシームレスに移り変わるから、もはや何かを把握することは難しくなる。主人公は高熱でもうろうとしているし、しかも趣味の漫画で元妻をモデルにして描いていて、どうやらそのシーンも混じっている。

主人公が現実の世界でつまづくと、幻想の世界に転がり込んだりする。地味で我慢強そうな女性が突然ものすごい暴力の使い手になる。死んで棺桶にいた男がむっくり起き上がってバスに乗る。「なんだそれ」と言いたくなるけれど、どれもファンタジックな語り口じゃない。現実と同じ撮り方だし、同じようにくすんだ世界、人々の中で起こる。

それでも、観客が完全には置いてきぼりにならず、エモーションを仮託できるようになっている。それは家族の物語でもあるからだし、実は・・・という群像劇の中の時間を超えたつながりがだんだんと見えてくるからだし、それと舞台をロシアのクリスマスに設定しているからだ。

ロシアのクリスマスは1月7日。サンタクロースは”ジェド・マロース”という名で、孫の”スネグローチカ”=雪娘とセットで登場する。子供たちのイベントのシーンが出てくる。ホールは飾り付けされて、マロースと雪娘、動物の着ぐるみたちが盛り上げ、子供たちも仮装することになってるらしい。ロシア人の幼少期の思い出として刻み込まれているんだろう。

1976年のソビエトのクリスマス。同じようにマロースと雪娘が登場する。多分物質的には比べものにならないくらい貧しかっただろう。主人公ペトロフの幼少期の思い出なのだ。美しい雪娘が彼の手を引いてくれる。古いロシア人には一党独裁だったソビエト期を幸福な思い出として持っている人たちも多いともいう。

カオスだった物語は、終盤にすっと落ち着いたものになる。主人公の熱が引いて頭がすっきりしたことを写しているのかもしれない。モノクロのノスタルジックなシーン、1976年のソビエトだ。

物語の現在の舞台はエカテリンブルク。モスクワから東に1400kmの大都市だ。どんな空気感のところだろう。冬は雪景色になるみたいだ。いずれにせよ、ぼくたちが呑気に眺めに行くような場所じゃなくなってしまった。

 

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