国宝 & 敵

🔹国宝

<公式>

ストーリー:長崎市の極道の一人息子、喜久雄(吉沢亮)は抗争で親を失い、上方歌舞伎の重鎮、花井半二郎(渡辺謙)に引き取られる。女形として才能を開花させた喜久雄に、親友でもあった半二郎の実子俊介(横浜流星)は打ちのめされ姿を消す。しかし血筋のない役者の壁にはばまれる喜久雄は....

過去最高に稼いだ実写日本映画。という強すぎる肩書き。本作が紹介されるときはまずはここからになった。メガヒット作は必ずリピーター率が高くて、アニメ話題作は動員数の30%超がリピーターというケースも多い。本作、データはないけれど、熱心なリピーターが数字を上振れさせているのは間違いないだろう。

リピート鑑賞するには上映時間3時間はでかいハードルになる。でもそれを乗り越える引力があったわけで、作品自体、リピートしやすい作りなんじゃないかと思う。鑑賞負荷が少なくて快感が多い、というハイクオリティのアニメにも通じる特性だ。そういうプロダクトとしてたぶん作られている。

ストーリーはシンプルで余計なストレスがない。プロットが明快で、歌舞伎を少しでも知っている観客なら、主人公が味わう試練もライバルとの心理も想像つく。原作からサブストーリーや脇役を削って主人公の一代記に絞り、語り口は機能的で寄り道や停滞がない。見ていて得られるエモーションは期待どおりだ。主人公の、ロバート・ジョンソン的な芸のために悪魔と取引する暗黒面も、どろどろとしたダークな描写はなくて負荷がすくない。

ストレスフリーなストーリーに乗って、ケレン味たっぷりの映像がひたすらに続く。非現実的なまでに整った吉沢亮の顔、隙のない衣装や美術、舞台側・裏手側からも映してスペクタクルとして見せる舞台、きちんと時代を感じさせる劇場や屋敷、街の風景。視覚的な満足度と快感は非常に高い。ここに関してはほぼ文句のつけようがない気がする。

そしてオーセンシティの担保もある。歌舞伎マニアや古典の映像を見慣れている観客にも、チープで嘘くさく見えないように、キャストのトレーニングも監修や考証も美術も時間がかけられている。映画全体の品格が保たれているから「ええモン見てるわー」観客の満足度も高いのだ。

女形、というジェンダーのあわいにある主人公をカメラマンはフェティッシュな視線で写す。顔の超アップも多いし、背中の肌のアップもなんども繰り返される。肌の質感が表現されているのだ。白塗りというフィクションの下で生きなければいけない役者のリアルみたいなところを見せようとしたのか。カメラマンは『アデル、ブルーは熱い色』でも愛し合う女性たちを相当にフェティッシュに切り取っていた。本作ではその対象を男に絞る。

本作では、主人公2人を意識的に男臭く描いている。チンピラ口調をさせたり女性たちとのセクシャルな部分をあえて見せたり。つまり彼らは多数派の観客が安心して仮託できる「美形の男性」で、女形のあり方は純粋にプロとしてのスキルなのだ。その分登場人物の女性は「生活」パートの付属物としてしか作中では機能しない。先輩人間国宝の万菊(田中泯)だけがモデルになった実在の役者にあわせてジェンダーの境界が少しゆらいだ人物になっている。「美しい老人」という矛盾に満ちた存在になれる田中泯

昭和の一代記的話法、題材的距離感、渋さもありつつ美形主人公が老けメイクになっていく感じとか、アニメの『昭和元禄落語心中』がどことなく近く感じた。


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<公式>

ストーリー:元大学教授のフランス文学研究者、渡辺(長塚京三)。妻に先立たれて中野区の広い屋敷に1人で住む。教え子が編集長を務める雑誌に寄稿し、時々講演会で喋る以外は特にすることもない。少しずつ貯金を切り崩して自分の終わりを予測しながら、毎日の食事を丁寧につくり、時には教え子や年下の友人と語る。そんな淡々とした日常に、日本に潜入した「敵」の情報が忍び込んできて...

原作者筒井康隆らしさがあちこちに漂い、端正なモノクロ映像で上品な老人を描いて『ファーザー』みたいなスリリングさがあり、塚本晋也を思い出すような、見るからに予算をかけない手作り感満載のごりっとした映像も挟まって、全体としてはかなり面白かった。

原作は筒井が60代前半頃の作品だ。老いがリアルになり出す年代だろう。自分より10歳少し年上の主人公を、戯画化しつつも近未来の自分を仮託したのかひりひりする部分もあるし、ウディ・アレン的な、老人の色恋を皮肉な笑いで描くジャンルの雰囲気も少しある。筒井の作品でいえば『文学部唯野教授』の、中年教授が女子大生にあたふたする感じも思い出す。夢と現実が侵食しあう物語はもちろん『パプリカ』と共通だ。

本作の主人公渡辺は老人としては相当にアッパーな存在だ。先祖から受け継いだ立派な家があるのはともかく、長身の長塚京三が演じる元教授は品のある教養人で、毎日の食材やワインを買いに行くスーパーも業務スーパーとかじゃなく、少し良さげなお店だ。手際よくさまざまな料理で自分をもてなすような生活文化もちゃんと身に付けている。そんな彼だから、端正な生活に挟み込まれる俗っぽい夢や妄想が奇妙に際立つのだ。

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(c)2023「敵」製作委員会

本作に現れる3人の女性は、みんな彼の妄想か幻覚か夢か・・・の登場人物だから彼の欲望の具現化で、いうまでもなくじつに都合のいい存在であり、惜しみなく色気や可愛さや好意を彼に向けてくる。河合優実、瀧内公美黒沢あすか、年代の違う3人の中で元教え子の瀧内が物語の焦点みたいな存在になる。小津映画のヒロインぽく清楚でありつつ距離を詰めてくる感じ。そして黒沢あすか。僕にとってはなんといっても塚本晋也の名作『六月の蛇』のヒロイン。彼女と、後半現れる幻想の黒塗り男たちのチープで直截なあり方が塚本晋也を思い出させてしまったのだった。

物語は彼が暮らす家と歩いていける近所だけの極小スケールで完結していて、家が彼のゆらぐ精神世界の実体化みたいに色々なものを見せてくる。その感じが『ファーザー』とすごく近い。