別れる決心 & 妻は告白する

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ストーリー:山の転落事故を捜査する刑事へジュン(パク・ヘイル)は、被害者の妻、中国人のソレ(タン・ウェイ)を取調べ、張り込みながら、いつの間にか距離が近くなっていく。ソレも見張られていることを知りながらへジュンに接近する。容疑不十分で事件は事故として決着し、へジュンは小さな海辺の街に赴任する。そこで意外な再会を果たした2人は.....

2022年公開、監督パク・チャヌク。監督作はこれまで3本だけ見ている。『オールド・ボーイ』の時から、現実の風景を写しながら独特の非現実的な美しさがあった。特にここぞというところで使う真上からの俯瞰ショット。シンメトリックな構図で見下ろすから、空を飛んでいる何かから撮った雰囲気じゃなく、もっと超越的な視線に見える。

同時に漫画的ともいえる過剰な動きや描写が常にあって、かつ、これは僕にとっての韓国映画イメージでもある「コースが終わったと思ったらまだ1品」的な二枚腰のストーリーテリングの満腹感とあいまって、アーティスティックな洗練された作風なのかキッチュよりなのかどっちつかずの後味を常に残していた。

本作はトーンを変えている。いつにも増して抑制的なのだ。お馴染みのキレのあるショット、トリッキーともいえる視点からのショットも挟みながら、でもキッチュだったり大袈裟で漫画的な描写はない。主人公の2人もそうだ。大袈裟な感情表現も超人的アクションもとっぴな行動原理もなく、それでいて自分でも理解できないような思いに抵抗できずに流されていく。

特に刑事へジュンのキャラクターはいい。身寄りがない外国籍女性と刑事。そもそも立場が圧倒的に強い彼が、マッチョだったり妙に情熱的だったり暴力性を感じさせたりすると、まったく違うバランスの話になってしまう。でもへジュンは刑事としても女性容疑者に今の時代らしい配慮を忘れないし、心を惹かれても、刑事と容疑者という枠組みをふり切れないから、彼女を「見る」「追う」というアプローチになる。あるいは妄想にふけるだけで、実際に2人でいるときはすごく抑制的だし、なんなら旧来女性キャラに割り振られていた振る舞いになることもある。

タン・ウェイ演じるソレは、パク・チャヌクらしい、弱い立場にいても闘うメンタリティと頭脳を持っている女性だ。序盤は地味だったのが、物語後半にいくと抑制的な男と対照的に開花するみたいに美しさを隠さなくなる感じは『渇き』の関係とよく似ている。韓国語のたどたどしさはわからないけれど、iPhoneの翻訳機能と組み合わせて語る彼女は韓国語話者には独特の距離感というか非日常感を与えるだろう。

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そして映像がまたまた美しい。派手なシーンはいっさいなくて釜山の街でのロケシーンや警察署、へジュンの、ソレのアパートの一室、どれもくすんで、今風でもスタイリッシュでもないけれど、端正な構図に色調のコントロールもあって画面はなんとも濃厚だ。漂着した船に乗っていたソレは海のイメージをまとっていて、青緑をイメージカラーにしている。時にはドレスでもあり、薬剤の色でもあり、彼女の部屋の壁紙でもある。

ロケ地は魅力的だ。長崎や横須賀、あるいはリオデジャネイロみたいな、海を見下ろす急斜面の密集した街の景色が追跡シーンで使われる。168階段は観光地にもなってるらしい。転落事故が起きた山は架空の名前だけど釜山近くの金井山という山で撮っている。すごい岸壁だけど、逆ルートから行けば呑気な観光客でも楽にアプローチできるところみたいだ。釜山市内の追跡シーンでこんな感じのところが出てくる。急斜面だからビルの屋上に車が乗り入れられるみたいなところだ。

 


■妻は告白する

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<参考>

ストーリー:穂高山系の岸壁で転落事故が起こる。ザイルで繋がった3人のパーティーの先頭にいた滝川(小沢栄太郎)が宙吊りになったのだ。妻彩子(若尾文子)も宙吊りになる。彼女は一番上でザイルを支える幸田(川口浩)と自分を守るためにザイルを切り、滝川は転落死する。彩子は刑事事件として殺意を問われマスコミに追われるようになる。不幸な結婚生活の中にいた彩子は事故の前から若い幸田に心を惹かれていた.....

『別れる決心』のモチーフの1つとも言われる、1961年の大映映画。監督は増村保造。主演は若尾文子で相手役が川口浩。2人の組合せはコメディ『最高殊勲夫人』でも見れる。若尾文子は『赤線地帯』『しとやかな獣』でも猫のような、登場人物たちのだまし合いの中で男を出し抜くキャラクターが一つのイメージだ。本作は少し違うけれど、何かをやってのける、男から見ると少し怖い女性のキャラクターがすごくハマっている。

歳が離れた暴君的な夫に苦しんでいた妻が、山での事故で夫を死なせる。直前に高額の生命保険に加入していて、しかも幸田に心を寄せているのは誰から見てもバレバレだったから刑事も自分の利益のため、絶好のチャンスに夫を殺したんだと追求する。彼女に同情的で心を惹かれてもいる幸田でさえ、ひょっとすると殺意があったんじゃないかと半信半疑だ。

事件のかたちや、心を寄せる男性が、同時に相手の犯罪を疑いつづける関係、このあたり『別れる決心』とよく似ている。雰囲気はだいぶ違うけどね。本作が面白いのは、主要な3人の誰もに観客が好意を持ちにくい作りにしているところで、若尾文子もなんとも粘着的に幸田に言い寄るので、だんだんと幸田が感じる鬱陶しさと空恐ろしさを観客も共有するようになる。おまけに事実としては彼女はザイルを切って夫を転落死させているのに、罪の意識も後悔もいっさい見せようとしないからピカレスクロマン的な香りも漂う。

事故の舞台になったのは北穂高の第一尾根の岸壁だ。実際にロケで岸壁に人を張り付かせ、人が落ちていくシーンもけっこうリアルに再現していて怖い。こんな感じの岸壁だ。映画の前年、1960年に谷川岳の岸壁で登山者が転落してザイルで宙吊りになり死亡した事故があった。どうしても遺体が回収できず、とうとう自衛隊を動員して、狙撃隊が1000発以上使ってザイルを撃ち抜き落下させた。当時のニュース映像が見られる。何もかも写しているのが時代感だ。映画製作者はその映像も頭にあったんじゃないか。

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