エベレストもの2作 神々の山嶺&エベレスト3D

僕はテントを背負って高山に登ったり、トレイルを走ったり、割と好きだ。もちろんどちらも一般人レベル。エベレストのエキスパートたちはマラソンでいえばサブ4目標の市民ランナーから見た2時間そこそこのランナーみたいなものだ。そんな2重の意味での頂きを感じさせる2本。

神々の山嶺

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ストーリー:1953年、ニュージーランド人ヒラリーによって初登頂されたエベレスト。しかし1920年代に山頂にアタックし行方不明になったマロリーという登山家がいた。山岳写真家の深町はカトマンズの街でマロリーの遺品らしいカメラと出会い、それをきっかけに数年前に消えた伝説の登山家羽生を発見、かれを追い始める。羽生はネパールに住み、エベレスト冬季無酸素単独登頂を計画していた.....

夢枕獏の1990年代の原作を2000〜2003年、谷口ジローが漫画化。2021年フランスで映画化。きっかけは多分漫画の方だろう。知ってる人にはいまさらだけど、谷口はフランスですごく名高い漫画家で結構昔にはフランスの出版社で原作付きの漫画(あっちでいうとBD)を描いていた。かれのオリジナルの漫画『遥かな街へ』は実写映画化されている。

谷口ジローは若い頃はハードボイルド系の少し荒々しい画だったけれど、どんどん静かな画風に、主人公の顔は塗り壁系の幅広四角になっていった。風景の魅力が勝っているような気もする絵だ。山岳系の漫画は昔から強くて、その描き込みを見れば力の入り方が分かる。

本作は、でも谷口漫画の映画化だと思わない方がいいかもしれない。いやそれでいいのだ。谷口の風景画は精緻だけどそんなにクセが強い絵じゃない。本作の風景は現代のアニメーションとして不満がないレベルで十分精緻に再現してる。人物も漫画に寄せようとしていない。そもそもキャラクターにインパクトを持たせようという感じじゃなく、東洋人の顔をデフォルメせずに描いていて、日本で言うと沖浦啓介の『人狼』とか『Ghost In The Shell』的だ。

ストーリーは長編原作だから刈り込んでシンプルにしているんだろうと思う。羽生を追う深町の執念と羽生の登山家としてのこれまでを交互に見せて、出会った2人が向かうエベレスト....といった分かりやすい構成だ。原作だともう少し存在感がありそうな女性キャラクターもここでは単に情報を提供してくれるオリエンタルフェイスでしかない。登山家たちにには実在モデルがいて、だからそのあゆみも、強烈すぎる思いも絵空事感がない。

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本作が谷口の漫画を受け継いでいるとすれば、風景に語らせる絵作りだろう。序盤で出てくるカトマンズの街、古めかしいレストラン。数年前に旅した時の景色そのままだ。とはいえ僕がいったのは2015年のネパール大震災の後だから古い街並みはだいぶ変わった後だったかもしれない。

そして日本の風景。1960〜90年代という過去が舞台だけど、違和感がない。看板もちゃんとしていて、『KATE』『ブレットトレイン』的な誇張もない。時代感ふくめてよくリサーチしてる。深町の部屋にある本棚に、わざわざ分かるように「鉄コン筋クリート」「松本大洋」「寺田克也全仕事」「軍艦アパート」とかのタイトルが書いてある。好きなんだろうね。ちょっとした日本人へのメッセージだ。

そして登山シーン。すごく正直にいうと、高高度までカメラを持ち込んだ実写版『エベレスト3D』の後に見なくてよかったとは思う。そこはしょうがない。でも岩壁登攀シーン、エベレストの急斜面、強風、吹雪、雪崩、クレバス、そんな人を寄せつけない土地の恐さは十分入ってくる。一つだけ、遭難シーンの舞台になる穂高岳屏風岩と言われる岩壁がある。登攀経験ないけれど、ここだけちょっと抽象化されすぎた景色になってるのが残念だった。

ちなみに同じ原作で2016年に実写化されている。主演は羽生が阿部寛、深町が岡田准一。標高5000m超までは遠征してロケしたそうだ。なんだか残念なレビューが多いけど、ちょっと『剱岳 点の記』を思い出すね。

 


■エベレスト3D

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ストーリー:1996年に起こったエベレストの大量遭難事件を映画化。商業登山全盛になったエベレストでニュージーランドの会社が企画した登山ツアーの悲劇をツアーガイド、ロブ・ホールを主人公に描く。エベレストのエキスパートが引率する登山隊は、登山経験のあるアマチュアを1人65000ドルで募集、登頂に向かう。そこには他の登山チームが集まり、山は渋滞し始めていた....

 

こちらは2015年公開の実写映画。キャストが何気に豪華だ。当ブログお馴染みのジェイク・ジレンホール、ジョシュ・ブローリンキーラ・ナイトレイエミリー・ワトソン.... 本作もエベレストの相当な高度まで上がってロケ撮影をしている。流石に山頂付近までは上がっていなくて、イタリアのチロル地方チネチッタスタジオ、イギリスのスタジオなんかで撮っている。山岳風景はいくつか1998年のIMAX撮影「Evereast」の映像を使っている。

いや流石に風景のパワーが強烈だ。山岳風景はもちろん、ネパール軍パイロットが操縦するヘリコプターのベースキャンプ着陸シーンなんかかなりヒヤヒヤする強烈な映像だ。じっさい撮影中に雪崩の直撃で資材を運ぶシェルパが大勢亡くなるという悲劇が起きている。

事件の流れは、天候が悪化する前から悲劇の種はまかれていて、極限状態でそのツケは回収することなんかできない。通信だけは進化していて、ベースキャンプでスタンバイするスタッフは頂上付近でだんだんと衰弱してくメンバーの声を聞くことだけができる。それどころか(ここは脚色かもしれないけれど)もっとエモーショナルな対話もそこにある。

ちなみに商業登山隊には7大陸中6大陸の最高峰を踏破したアマチュア登山家、難波康子も参加していた。彼女もベースキャンプまで300mの所で力尽きて凍死している。いや、濃霧でルートを見失ったりすると、距離50mくらいの山小屋が無限に遠くなったりするもんな....

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