ザ・メニュー & 二郎は鮨の夢を見る

■ザ・メニュー

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ストーリー:マーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)はボーイフレンド(ニコラス・ホルト)に招待されて、予約困難なレストラン〈ホーソン〉に来た。1日の客数は12人、1食1000ドル以上のレストランは船でしか行かれない孤島にある。今夜の客は料理評論家、映画俳優、投資家たち。カリスマシェフ(レイフ・ファインズ)がクリエイトする緊張感のあるコースは、徐々に妙な空気になり、やがて....

公開はサーチライト・ピクチャーズ。以前の20世紀フォックスの一部門で、ブロックバスター映画をあんまり見ない、僕みたいな客をメジャースタジオが確実に取り込む、そんなビジネスの典型だ。本作もまさにそういう感じで、じつに意味ありげなプロットに洒落た画面、毒のある展開でちょっと捻ったアメリカ映画が見たい需要に見事に応えている。

なんて知ったふうに書いているけれど、そこそこの規模でこの手の作品を公開してくれるのはありがたいんだよね。近所のシネコンで見られたし。本作の監督はイギリス人のマーク・マイロッド...と言っても僕が見たことあるのはドラマの『ゲーム・オブ・スローンズ』くらいだ。それより制作のアダム・マッケイの名前の方が、「ああ、なるほど」という気分になるだろう。当ブログで言えば『バイス』『ブックスマート』あとNetflixの『ドント・ルック・アップ』とかだ。

レストランと客を描いたドラマって色々ある。本作はブニュエルの作品とかを参考にしているそうだけど、残念ながら未見だ。僕が思い出せるのは『コックと泥棒、その妻と愛人』とか『ディナーラッシュ』とかで、前者はディナーの席を舞台劇っぽく扱う撮り方、後者はアメリカならではの「有名料理評論家」の扱いが本作に通じている気がする。

どちらの作品も、そして本作も共通しているのは、レストランを描いてはいるけど、食べ物そのものへの愛がそんなに前面に出ているタイプじゃないということだ。食べ物を扱った映画で、「見てると○○が食べたくなる」とか「登場人物が美味しそうに○○を頬張ってるのを見るとこっちまで幸せになる」...とかってある。でも本作はそこじゃない。

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本作でのレストラン、シェフが客に提供するメニュー、そして受け取る客、その描き方は何かのメタファーっぽく映る。それもかなり極端に戯画化したメタファーだ。高級なレストランであるほど自分たちの世界観をがっちり確立して、客はサービスを受けてはいてもその世界の支配者じゃなく、ルールに従う立場だ。コースが決まっていれば行動もある意味規制される。僕ははじめ宮沢賢治の『注文の多い料理店』を想像した。

本作は被支配者である客と、この世界の支配者でありつつ、でもサービス業で客の求めに従うことが本筋になるシェフの引き裂かれたエゴ、みたいな話になっていく。このあたりはなんとなく想像つくとこだろうと思う。

で、本作自体、そんなカリスマシェフの哲学的コースメニューだったか....というと、そこが予想とちょっと違った。思ったよりカジュアルなメニューだったのだ。舞台になるレストランほどハイブロウじゃなく、シメの一品もなんだかお馴染みの味に回帰する感があった。この設定だと、それこそグリーナウェイ的な悪意に満ちた展開がいくらでもやれるはずだし、どことなく匂わせる舞台設定も色々とあった。でもどうだろう、実をいうと悪意以前にシェフの行動原理とかレストラン全体のナニとか、ちょっと納得度が低くて、一見お洒落な、でもある世界まで到達していない創作料理系割烹みたいな何かがあった。

本作に出てくるアーチステイックな料理は、まさにアーチスト系の料理人、ドミニク・クレンというフレンチシェフが担当している(彼女のレストラン)。ただし撮影に使ったのは食べられないやつだったらしい。料理の撮影はNetflixの『シェフのテーブル』シリーズも撮っているデヴィッド・ゲルブを呼んで、その辺りは流石に素敵な画面だ。ロケーションはジョージア州のサバンナ周辺。下のビーチでゲストが散歩しているシーンがあったね。

 

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二郎は鮨の夢を見る

2011年のドキュメンタリー作品。『ザ・メニュー』で撮影に参加したデヴィッド・ゲルブ監督だ。超有名店「すきやばし次郎」の店主小野二郎と息子の禎一をメインに描いている。残念ながら僕はお店は未経験。

映像的にはそんな快楽はないかもしれない。とにかく店舗が無茶苦茶さりげない雑居ビルのB1だし、店内の照明も蛍光灯っぽいから『ザ・メニュー』みたいに空間で世界観を作る店とは違う。二郎も禎一もあまり格好に気を使うタイプにも見えない。映像ではカラーコレクションや陰影でお洒落に仕上げることもしないで、唯一慎重に撮るのが鮨そのものだ。

ロケでは仕入れに行く築地市場のシーンも映る。全体に舞台装置に豊かさはなくて、素の舞台の中でストイックに美食を追求する職人とか仲買人とかの営みを彼らの言葉で紹介する。その辺りの作りも含めて「次郎」感を出してきているんだろう。質素なしつらえの中の求道者(茶道とかZEN的なね)、というふうに撮られている。

www.sushi-jiro.jp