秘密の森のその向こう(Petit Maman)

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ストーリー:ネリーは8歳の女の子。おばあちゃんが亡くなり、母マリオンと父と3人で遺品を片付けに森の中の祖母の家へ行く。母にとっては子供の頃の思い出の家。悲しみのせいかふっといなくなってしまう。1人で遊ぶネリーが森を散歩していると丸太で作った秘密基地めいたものがある。そこには自分と同じ年の女の子、マリオンがいた。誘われて彼女の家へ遊びにいくとそこは祖母の家とまったく同じで....

『燃える女の肖像』の監督、セリーヌ・シアマの新作。72分と短く、お話も映像世界もとてもささやかな一作だ。監督は子供たちも大事な観客として制作していて、とはいえ監督の立ち位置的にも子供自身が「これ見たい!」というような映画じゃないから、その親にもきちんと届くように作ったといっている。

シアマが子供をターゲットに描いた物語は前にもある。『僕の名前はズッキーニ』だ。脚本として参加している。物語の出だし、主人公が孤児になってしまうエピソードは原作からアレンジして柔らかくし、後に続くしんみりしたストーリーに繋げやすくしていたそうだ。たぶんだけど、彼女が松本大洋『Sunny』を読んだらけっこう刺さるんじゃないだろうか。

なぜかというと、監督は、子供と親とに届く映画として『となりのトトロ』『おおかみこどもの雨と雪』をお手本として挙げているからだ。これはプロモーションとして日本国内でだけ強調しているわけでもなさそうだ。『トトロ』はまさにお父さんと娘の話だし、寂しい娘が狭山丘陵の里山とふれあうわけで、すごく親近性がある。そのほかに『私ときどきレッサーパンダ』や『ミッチェル家とマシンの反乱』とかを挙げている。

お話はネタバレ回避といいたいところだけど、公式予告編で堂々と語っているしな。森で出会ったマリオンは過去の母だったのだ。つまりそこはネタバレじゃなく、お話の枠組みだということ。タイムスリップ的とも言えるけれど、SF的な設定は監督にとって大事な部分じゃない。しかもネリーはすぐにそのことが分かる。物語は8歳の女の子が、お母さんを「母」という絶対的な依存の対象じゃなく、自分と同じ目線をもつ他者として見る、というあらたな関係性を描くのだ。

じっさいは、子供が親をそんな視線で見られるのは十分に成熟してから....いやけっこう歳をとっても、頭では理解できても感覚的にはなかなかそうは見られないというのは全然普通ですよね。フィクショナルな部分があるとすれば、8歳という年齢を超越した精神的成熟ぶりだろう。監督は子供を必要以上に幼く無邪気な愛玩の対象として描くつもりは全くない。ネリーもマリオンも悟ったような淡々とした表情で通すし、ちょっと不自然なくらい大人びたセリフを語らせる。双子が扮しているネリーとマリオンは、たぶん一瞬映ってるみたいに素ではもっときゃっきゃした普通の子供なんじゃないか。

お話の序盤で、お母さんが運転する車の後部座席に座るネリーはもらったお菓子を「はい」という感じで運転しているお母さんに食べさせる。ドリンクも飲ませる。そして運転の邪魔にならない程度に後ろから軽く抱擁するのだ。それは親を喪った母を癒やし、いたわる振る舞いだ。そこですでに母娘の逆転した関係が予告されている。そんな描きかたや、2人を双子に演じさせたことで物語は設定以上に夢幻的な雰囲気になる。

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本作はけっこう色濃く監督自身が投影されている。物語の舞台は深い森のようだけど、実はパリの都心から車で1時間もかからない(30kmちょっと)ニュータウン、Cergy-Pontise。原生林じゃなく、多摩とか横浜・川崎のニュータウンにある雑木林のさらに小さいやつみたいな感じなのだ。監督自身が育った場所で、そこは子供たちが安心して駆け回れるように車道から分離された街になっていた。迷う心配もない近所の林だったんだろう。

物語の象徴的な場面で、2人の女の子がボートで漕ぎ出す池がある。中心にピラミッド型のモニュメントがあって周りに人もいない、どことなく神秘的な場面だ。それが下の場所。パリを流れるセーヌ河の過去の蛇行のあとが残り、川沿いの低湿地が今は湖になっている。監督の投影というところでは、子供たちの衣装も監督自身がコーディネイトしているし、おばあさんの家にあったお母さんの子供の頃のノートは監督のものだ。途中で女の子2人がコスプレして(アニメキャラじゃなくね)ドラマの1シーンを再現して遊ぶ。これも監督が子供の頃姉妹たちとじっさいにやっていたそうだ。

 

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