サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)

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1969年、マンハッタン、ハーレム。公園の特設ステージで6日間開催された屋外ライブフェスティバルの映像記録だ。トニー・ローレンスという人物がプロデュース、NY市長の協力をえて実現した無料のサマーフェス。そんなに広いわけじゃない街中の公園には毎回5万人くらいが集まったという。フェスティバルのプログラムはこんな感じ。午後の明るい時間だけやっていたから各回2~3時間くらいだったんだろう。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/3f/Black_Woodstock_1969.jpg

出典:wikipedia

記録班もいた。47時間の映像と音声の記録。でもそれはまともに公開されず、人々の記憶も薄れて、見に行った人の中には「あれは本当にあったことだったのか・・・?」くらいの人も出てくるくらい、幻になった。それをプロデューサーがあらためて発掘、ドキュメンタリー映画にまとめたのが本作だ。

監督クエストラブはミュージシャン。ヒップホップを生音演奏でやるThe Rootsのドラマーだ。最近はオバマと近い関係で、一種のオピニオンリーダーでもあったみたいだ。インタビューを見るとこの映画がどんな考えでこういうふうに作られたかよくわかる。「黒人文化の出来事はしばしばなかったことにされる(だからこの映画は公開されなくちゃいけない)」「当時も50年後の自分たちの環境も同じだ、だから背景もちゃんと見せる」ということ。

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本作のメインはもちろんステージの映像だ。クラシックソウルやモータウンのスターのライブがばんばん見られる。ひねらずに代表曲を選んでいて、名前は知らない人でも聴いたことあるメロディーは多いはずだ。音声はすごくいいし、カメラも多くて全景もアップもステージ側からもあって、ライブ映像として文句なしだ。

そして出演者や観客の回想インタビュー。観客は当時高校生だったり親に連れられてきた子供だった人。近所の人が多いから休日に歩いてやってくる。ミュージシャンたちにとっては忘れられないステージだったことがよくわかる。あの頃の映像を見て感極まる人も結構いる。それに当時のニュース映像や記録映像を挟み込む。

1969年。当ブログで取り上げた作品だと、1964年が舞台、翌年暗殺されるマルコムXが主役の『あの夜、マイアミで』、1967年の暴動『デトロイト』、ブラックパンサーのメンバーが出てくる1968年舞台の『シカゴ7裁判』、こういう時代だ。希望の星だったキング牧師暗殺は1968年。ハーレムでも暴動があり、黒人たちはプロテストに立ち上がっていた。クエストラブも言っているけど、フェスティバルはいわゆる「ガス抜き」でもあったんだろう。音楽的にいえば、1960年代モータウンを描いた『メイキング・オブ・モータウン』約10年後のヒップホップ誕生を描いたのが『ワイルド・スタイル』だ。

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構成は上手くできてる。前半はハッピーな感じでポップなミュージシャンを見せて、ライブシーンとミュージシャンたちの背景を語る映像が多い。プロデューサーのトニーも裏方じゃなく出たがりで、毎回ド派手な衣装を変えてきてステージMCを務める。次にゴスペルを見せる。この圧がすごい。音楽がどれだけ人々のこころに必要なものなのか、なんか簡単に真似しちゃいけないものに見える。そしてスライ&ファミリーストーンを新世代として見せて(なぜかプログラムにないけど)、キューバ&ラテンのミュージシャンのステージ。個人的にはここはすごく好きだ。彼らもハーレムの住人なのだ。そしてプロテストソングを歌い上げるニーナ・シモン。大きくはプログラム通りだけど、ストーリーになってる。

そんな中で段々とブラックミュージックがいかに彼らの圧迫された日々の解放だったり救いだったりか語られはじめ、後半はアメリカ中の抗議活動や彼らへの暴力・暗殺のシーンがカットバックでライブシーンに挟まれて、シリアスになってくる。それが苦手な人もいるだろう。その語り口に「一面的すぎ」と突っ込む人もいるかもしれない。でも作り手は単なるライブ映画にするわけには行かなかったんだろう。

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これが舞台になった公園、Marcus Garvey Parkだ。公園の真ん中は岩山になっている。マンハッタンて平らなイメージがあるけど、結構な高さの山だ。新宿の公園にある箱根山みたいだ。超余談だけどマンハッタンはがっちりした岩盤で出来ていて、所々岩が突き出しているのだ。セントラルパークにもある。とにかく岩山をバックに観客たちがステージを見てるから、公園の半分くらいしか使っていないはず。そんなに広くないところに5万人だ。

じつは本作で一番心を引きつけられたのが観客たちだ。ライブシーンでもステージに応えるみたいに観客を映す。ポップスターにはきゃあきゃあいう若い子、ゴスペルでは高揚する人たち、サイケなバンドにはちょっと洒落た客たち。でも大部分は割とさっぱりした身なりで子供たちも多い。そしてすごくピースフルな空気感だ。

さっき書いたみたいに騒然として社会的緊張も高い時期だ。主催者は警察を招き、ブラックパンサーを警備にやとう。ステージ側が煽れば客が一気に荒れてもおかしくない。それがなくても同じ年のウッドストックではスモーキーなかおりが広場いっぱいに漂って観客もハイになっていた。薬物の普及ぶりはハーレムだって負けないはずだ。

でも映される観客席は、夏の日差しを浴びて、盛り上がっているけど穏やかだ。親も親戚も近所のおばちゃんも来る近所の公園のお祭りだから、割とそうなのかもしれない。あるいはこれも作り手たちの意図した切り取りかもしれない。もしそうだとしても.....本作はやっぱりニュートラルな記録映画じゃないのだ。明確な目的とメッセージを持って作られた作品だ。それを思うと観客たちをそう描いたとしても理解できる気がした。

 

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