アメリカン・ファクトリー

2019年公開、2020年のアカデミー賞でベストドキュメンタリーを受賞した。配給はオバマ夫妻が設立したHigher Ground Production。だからオバマが毎年発表する「今年のおすすめ映画リスト」にも『パラサイト』や『ブックスマート』と並んできっちり入っている。この辺はよけいな遠慮は無縁だ。

タイトル通り、アメリカの1つの工場をめぐる何年かを追ったドキュメンタリーだ。Fuyao Glass America。自動車用ガラス生産では世界2位とも言われる中国企業だ。ちなみに日経新聞を毎朝読まない僕はぜんぜん知らなかったけれど、自動車用ガラス最大手はAGC(昔の旭硝子)で、NGS(日本板硝子)も上位プレイヤーだ。あとはフランス系のSaint Gobainが入る。

Fuyaoは今の会長が一代で育てた企業みたいだ。映画にもたびたび登場する彼はいかにも創業者的な叩き上げ感のある佇まいで、次世代の留学経験があるスマートなビジネスマンたちとは違う。物語は彼が閉鎖されたGMの工場を買い取り、アメリ現地生産を立ち上げるところから始まる。場所はオハイオ州、デイトンの近く。

アメリカ自動車工業の従業員は昔は高給取りで、郊外の新興住宅地に居心地のいい家を買い、3代に渡って同じ工場で働いて...的な物語がすぐ思い浮かぶ。工場が段々と閉鎖されてかつての住宅地には移民と取り残された人々だけが住む、そんな姿が『グラン・トリノ』の舞台だった。GMの工場閉鎖で起きた大量失業で危機に陥った街を取材したマイケル・ムーアの『ロジャー&ミー』もあった。

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 本作もまずは工場が閉鎖されて仕事を失った人々の姿からはじまる。でもまもなく希望の光が見える。輝ける経済発展大国、中国からの使者がふたたび工場に灯りをともし、従業員を募集しはじめたのだ。オープニングセレモニーでは市長や議員、有力者が大勢集まる。中国本国からは管理職のほか大勢の技術者がやってくる。会長はこの大事業成功のために毎月渡米する。

そこからはほぼ想像通りのシーンが続く。アメリカ人従業員たちは異文化の東洋人たちに戸惑い、中国人たちは本国の従業員とはまったく違う、残業せず休日もきっちり取るアメリカ人たちに「生産性が上がらない」とぼやく。研修のために本国の工場に招かれたアメリカ人管理職たちは軍隊式の朝礼や謎の演芸大会にインパクトを受ける。そして、安全管理や従業員の組合加入を嫌いコスト抑制を最優先する経営側と従業員たちの溝が深まっていくのだ。

ぼくたち日本人にとっては猛烈に既視感があるエピソードだ。アメリカの現地法人で働いた友人たちはこの手の出来事にはあきあきしているだろう。経験がないぼくでもドキュメンタリーやドラマでこの種の軋轢をいくらでも見てきた。

エンターティメントで一番お馴染みなのは1986年の映画『ガン・ホー』だろう。アメリカに進出した日本の自動車会社〈アッサン〉とアメリカ人従業員の板挟みになる管理職(マイケル・キートン)主人公の映画だ。日本の自動車メーカーがアメリカで現地生産を始めたのは1980年代前半からで、どこも日本の工場の生産体制とアメリカの工場勤務制度と合わずに苦労した話が出てくる。

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このおなじみの物語の2010年代版が本作だ。作り手はアメリカ人だけどかつての異邦人視線丸出しに比べるとだいぶニュートラルな姿勢になってはいる。アメリカ側と同じくらい中国側にもカメラを向けて、コメントを取り、そっちの立場も、時には心情も同じように描く。でも、多分中国側の受け取り方はあまりよくないだろう。

ちなみに最新のドラマ、『コブラ会』(かつての『ベスト・キッド』後日談)に日本の自動車メーカーがちらっと出てくる。トヨタならぬ〈ドヨナ〉。東京都庁をCG処理した本社ビルといい、こちらのアップデートはまだまだだ。

労使問題や低い利益率に頭を痛めた経営側は着々と工業用ロボットを導入して労働者を減らしにかかる。これもまた随分おなじみの物語だ。

おまけとして配給会社のオバマ夫妻と監督たちの短い対談映像がある。

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