クリスティーン

ストーリー:1978年、カリフォルニア。いじめられっ子の高校生アーニーは、学校の帰りに廃屋めいた家で売りに出ている壊れかけた車に魅入られる。両親の反対を押し切って車を買ったアーニーは車を再生させ、やがて恋人より親友より、その車、クリスティーンに病的にのめり込んでいく....

ジョン・カーペンター監督、1983年の作品。原作はスティーブン・キング。ジャンルで言えば青春+ホラーだ。そんなに怖くない。当時のレーティングで”R”にするには暴力シーンが不足で、レートを上げるためにわざわざ汚いセリフを連発させたくらいだ。付け加えれば青春のみずみずしさとか切なさもそんなにない。ヒロインもイケメンも校内一のワルもみんな型どおりのキャラクターで、かつ1970年代の後半らしい野暮ったい仕上がり。主人公アーニーも漫画的ないじめられっ子ルックだ。

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この映画の魅力はそこじゃない。本作のキモは心理ドラマでもサスペンスでも描写のエグさでもない。圧倒的なフェティシズムだ。光沢のある金属の曲面、動きと光で一瞬ごとに表情を変える...車特有のフェティッシュな魅力にフォーカスした映画だ。ホラーという枠を使って1台の車を描き切った。

1958年型プリムス・フューリー。それほど知られた車でもない。こんな感じだ。

フルサイズセダンだから全長5m超、全幅はほぼ2mある。5000ccのV8エンジンを搭載し290馬力を発生する。あの時代ならではの無駄なテールフィン(車体後部の羽)が勇ましくもアホらしい。ダッシュボードの真ん中にはAMしか入らないラジオがビルトインされている。エンジンをかけると巨大なV8エンジンはドロドロした低い排気音を発する。

監督は撮影のために25年前のこの車を何台も集め、惜しげもなく壊しまくった。愛好家はそれを知って悲憤したらしい。本編を見て貰えばわかる。曲面が美しいボディーは、他の車に激突し、車幅より狭い路地に突っ込み、建物の壁を突破し、その度にベリベリと歪み、剥がれ、裂ける。監督はそれをなめるように撮る。痛々しく傷ついた外板。車をぶつけたりこすったことがある人なら、車体が傷つくとき自分もなんとも言えない痛みを感じたのを覚えているはずだ。

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でも満身創痍の車は.... その度に復活する。作品中最高にシンボリックで美しくて恐ろしいシーンがある。それは修理工場のガレージの中で起こるのだ。そしてここが本作がホラーであるゆえんだ。車に〈クリスティーン〉の名前があるのもただの持ち主の愛着じゃない。車は意志を持ち、暴力へのためらいがない怪物的な「彼女」なのだ。

本作の大事なモチーフがもう一つある。音楽が好きで自分でバンドもやっていたカーペンターらしい、1950年代のロックンロールだ。それまでユースマーケットがほとんどなかったアメリカ音楽産業で初めて生産された「若者をターゲットにした音楽」だ。ある種青春をシンボライズする音楽が、濃厚な死の香りを持って鳴り響く使い方をしている。初期のロックスターは何故か続々と悲劇的な死を遂げた、そんな死の影を思い出してしまう。本作でも早世したリッチー・バレンスやバディ・ホリーの曲を使っている。

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ふと思い出すのが漫画家望月峯太郎の古い作品『バイクメ〜ン』だ。バイクが主役とはいえ、車とロックンロールと死をモチーフにしたこの漫画、1989年の連載だから本作の影響をもろに受けていてもおかしくない。この作品もバイクが自分の意思で走る。

ちびでひ弱なアーニーがボロボロの車にのめり込み、車がいかした姿になると別人みたいにイキりだすところも哀しい。車はなんといっても拡張自我なのだ。エンジンのパワーがそのまま自分の戦闘力に加算される、モビルスーツ幻想をゆるす商品が車だ(『ベイビー・ドライバー』参照)。お話ではアーニーの変身もモンスターによる人格支配みたいにも読み取れる。でもモンスターがいなくても彼はそうだったかも知れないのだ。

■写真は予告編からの引用 

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