アノマリサ


<予告編>
ストーリー:ビジネス啓発書がベストセラーになったライター、マイケル。講演会のためにシカゴにやって来た。ホテルに落ち着いたマイケルは古い知り合いを呼び出して一杯やる。むかしかれが捨てた女だった。いい雰囲気で終わるわけもなく、しおれて部屋に帰ったマイケルは2人の女性と会う。かれの講演を聴きにシカゴまで来たのだった。地味なほうの1人にどうしようもなくひきつけられたマイケルは彼女を自分の部屋に連れこんだ。彼女リサが特別に見えるマイケルは〈アノマリサ〉というニックネームをつける....

フレゴリの錯覚というのがある。まわりの人たちが同一人物の変装だと思い込む病的な妄想のことだ。有名な女優や、陰謀めいた組織の重要人物がいろんな人に化けて、自分に何かをしかけてくる......実際はもちろんまったく違う人たちで、妄想のなかの事務長がじっさいは子供だったりする。
この映画の主人公が泊まるのが〈ホテル・フレゴリ〉。だれを見ても同じ顔に見え、同じ声に聞こえる主人公の症例を映画にしたのが本作だ。ストップモーションアニメの手法をいかして、男女を問わず他人を同じ顔型でつくり、ベテラン俳優が声色をつかって演じ分ける。よくいわれることだけど、テーマと手法がぴったりあってるんだよね。
人形は意外に小さい。5頭身くらいの寸づまりだし、動作は人形アニメらしい程度に単純化してあって、不気味にリアルということはない。でも顔の造形は『メアリー&マックス』や『コララインとボタンの魔女』的なデフォルメはなく、主人公などは実在の初老の男みたいだ。
〈同じ顔〉の造形もなかなかに不気味だ。男でも女でも、子どもでもおさまる顔でありつつ、ぜんぜん愛らしくない。一つの国の顔写真を合成した〈平均的な顔〉ってある(ここの開発かな?)。平均されるせいか、わりあい整ったくせのない顔になる。本作の同じ顔はそれとも違う。妄想の中の顔だからね。キャラクター開発のシーンはこのあたりで紹介してる。

人形の不気味さは日本でも菊人形怪談があるし、ブラザースグリムやチェコの人形劇の不気味さもある。球体関節の人形とかね。押井守イノセンス』は球体関節の人形をデフォルメした愛玩用ロボットを不気味に描いていた。本作は『イノセンス』とすこし通じるところもある。撮影された人形の顔にはわざとパーツの切れ目が入っているのだ。とつぜん顔パーツが落ちて中の骨格をむき出しにする露骨なシーンもある。
そんな人形に細かい日常動作をさせてえんえんと撮る。1人でホテルの部屋に入ってまず落ち着くまでのあれこれ、あるでしょう。それを省略せずに見せるのだ。日常の動作をアニメで見る面白さってなんだろうね。リアルなジオラマこういうね)見たときの面白さみたいなものかな。ストップモーションじゃないけど押井や細田守はデフォルメの少ない動きをたんねんに描写する。ひょっとすると少しヒントになってるのかもしれない。
本作には奇妙な日本文化オマージュが2点ほど出てくる。どっちも突っ込みの対象になっているけれど、上に書いたみたいな参照関係があって、盛り込まれたのかもしれない。

物語の中で、リサがアカペラで『Girls wanna have a fun』を歌うシーンがある。声をあてている女優が歌っているんだけど、味があってすごくいい。