百日紅


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ストーリー:江戸時代末期。絵師、葛飾北斎と娘お栄は、居候の善次郎、子犬と長屋で暮らす。注文に応えてひたすら絵を描く日々だ。絵なら描けないものはないような北斎だがお栄も美人画では北斎も認めるくらい腕がある。お栄の母、おことは近所で別々に暮らしている。病弱で寺に預けられていた妹のお猶が家にもどり、お栄は母の家に顔をだしてみる....

原作は杉浦日向子『百日紅』、それに奇譚集『百物語』、どっちもすごく好きな漫画だ。江戸時代を舞台にした2作に流れているのは、すぐ近くにある死の気配だ。だれでもなんとなく影が薄くなったと思うとふっとそっちの世界へ行ってしまう。そのぶん、死は絶対の別れじゃない。物の怪や超常現象も日常と地続きで、だれもただ恐れるんじゃなく、もし害をなす時には何をしなくてはいけないか、生活の知恵として知っている、そんな江戸だ。

監督は原恵一。当ブログでは『カラフル』をだいぶ前に見てる。監督はべつの杉浦作品を映像化したいと思っていたら、制作会社プロダクションI.G.に『百日紅』を90分でまとめるなら、とオファーを受けたそうだ。制作の途中でビジュアルが公開された時がある。正直言ってそのときいやな予感がかるく立ちこめた。クリアな輪郭線で目が大きめにきっちりと描かれたお栄。原作の絵は生かしつつ、ヒロインらしく美人にチューンしてある。う〜んでもこれふつうのアニメじゃん.....
で、完成品。ふつうに楽しんだ。原作は各話読み切りのエピソード集、映画はそのうち6つの話を取りあげて、ほかの話のピースをところどころにはさんである。お栄を中心において、おこととお猶、つまり家族の話をあいだに入れて一つの流れにしている。そのままだとオムニバスになってしまうからね。
絵師たちが描く絵は日本画らしく描いて、江戸の景色は、何ヶ所か力の入ったCGを作りこんである。たぶん永代橋だと思うけど、隅田川を渡る大きな橋からパノラマで江戸を見せて、川で舟遊びをするシーンでは、CGの水面を強引に北斎神奈川沖浪裏に変化させてみせる。いい意味でアニメらしくて気持ち良い。町並みもたいていのシーンではCGでつくって背景にそれなりの密度があるようにしている。つまり原作の魅力だった「江戸時代を説明するだけじゃなく、その空気を感じさせる」を、映像らしいアプローチで再現しようとしている。
そりゃ全編で高畑勲の『かぐや姫の物語』や大友克洋の『火要鎮』みたいなことができたらすごいだろう。もっと絵画的なタッチで動かせたらね。『百日紅』にも火消しのシーンがあって、絵的な見せ場の一つなんだけど、凄みでは『火要鎮』にかなわない。でも一つはとにかく絵を見せることだけが目的の短編だし、もう一つは予算50億、制作8年の、会社をつぶしかねない大作だ。それとくらべてもしょうがないかもしれない。

ただなあ……..キャラクターデザインはちょっと残念だ。お栄以外はわりと原作のまま。マンガの顔をいかすのは当たり前かもしれないけど、じつは原作で作者が勝負してるのは、絵師が描く絵や、怪異現象や、江戸の風景そのもので、人物もお話ごとに出てくるゲスト出演者のほうが圧倒的に魅力があるのだ。主要キャストは、絵的には狂言回しみたいなもので、作者も楽に描いている感じだ。杉浦日向子は独自のマンガ的デフォルメの画風をもってる人じゃなかったから、さらっと描くとわりとくせのないキャラクターになってしまう。それをまたデフォルメせずにセル画調に再現したから、人物は正直すこしたいくつなことになっている。べつに大ヒット作の映画化じゃないんだからキャラクタ―はけっこう変えてしまっても大丈夫だったはずだ。
声優はみんないい。主演の杏も気が強そうながら美声だし、北斎役の松重豊、それに善次郎役の濱田岳が意外なくらい達者で、ちょっとチンピラめいた若衆のしゃべりにちゃんとなっている。
そんなわけで、ていねいに、ちゃんと作られた映画だった。でももっと乱暴につくられても時代を超えたクラシックになる作品もある。そういう突き抜けたなにかはぼくには見つけられなかった。
お話はある静かな死で終わる。原作を尊重して、できるだけさらっと流す。とはいえ死がそこらじゅうにあった原作とは違って、お話のなかでゆいいつの、重みがある死だ。