腑抜けども、悲しみの愛を見せろ


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ストーリー:携帯の電波もはいらない田舎にすむ和合家。ホラー漫画を描く高校生の妹(佐津川愛美)の目の前で両親がトラックにひかれた。葬儀の日、4年前に女優をめざして上京した姉(佐藤江梨子)が帰ってくる。妹はおびえたようすだ。炭焼きを仕事にする長男(永瀬正敏)は結婚してまもない嫁(永作博美)に「おれら家族のことには口をだすな」とぶっきらぼうに言う。クイーンのようにふるまう姉だったが……
本谷有希子の原作モノだとわりと前に見た『乱暴と待機』以来。吉田大八監督がどのくらい原作劇からアレンジしてるのかわからないけど、劇では妹が描く漫画はどんなふうに扱われたんだろう。プロジェクターかでかい垂れ幕みたいので見せたんだろうか。というのは、すくなくとも映画では妹が描く漫画がすごく大きな存在で、影の主役といってもいいくらいなのだ。

妹が描くのは恐怖と憧れの対象である美しい姉だ。妹は4年前にも姉を主人公にした「女優になりたい」という漫画で雑誌のコンテストに入賞していた。なりふりかまわず上京資金をかせぎ、家族争議で包丁をふりまわす姉の漫画はなぜか村中の話題になり、家族はいたたまれない日々をすごすはめになった。「漫画のせいで演技に集中できなくなった」と姉はいまでも妹をうらんでいる。マイナーなホラー漫画が村中で読まれる展開というのもちょっと想像しにくいけれど、とにかくそのくらいの影響があったのだ。
そして姉が帰ってきて家の支配者になると、妹のペンはもう一度その姿を形にしはじめる。劇中で漫画は何度も映される。絵はホラー漫画家の呪みちるが担当。漫画作品の絵とはすこし違って、サインペンだけで、ベタまで線で描いたみたいな絵だ。これがすごく引力がある。ホラー漫画家らしく明暗の表現がすばらしく、手足が長く美しい姉は蜘蛛みたいに怪物的で、妹自身は被害者であり窃視者として描かれる。この絵の力が映画全体の画の力にもなっている。ひょっとするとこの絵のできばえに、映画の中でも存在が大きくなったのかもしれない。

お話は極端なできごとの連続で、平坦な日常描写は基本的にない。居心地が悪いか実際にひどいことがおこっているかだ。石川県輪島の平和すぎる農村風景のなか、家のシーンはゆったりした民家でたぶんほとんど撮影していて、画面も比較的のどかでぬけがある。そんななかで極端なキャラクターたちの奇妙なエピソードが続き、ラストは強烈なまでのどんでん返しによって逆転がおこる。ぜんたいに戯画的な印象だ。とはいえ細かい部分に急に繊細な演出があったりして、その緩急はなかなかいい。
主演級の4人はだれもいい。佐藤江梨子は異様なまでに手足がながくやせているのに巨乳という、そのスタイル含みの強烈なアイコン性で「彼女しかいない」感じをかもしている。彼女の役は油断するとたんなる痛々しい可哀想な存在になる。それだと話全体がペシミスティックでじめっとしたものになってしまう。しめっぽくならないのは、この女が完全に他責的で自分に疑問を持たない強さがあるからだけど、彼女の雰囲気がその強さを体現している。もう1人置きかえられないのは嫁役の永作博美だ。旦那にほぼ虐待されていて濃密すぎる家族の一員にもなれていない、でもお人好しで妙に明朗、という役柄。基本的にはコメディの役だ。でも「私たち……か、家族……なんだから」「私……つ、妻なのに」みたいに、家族になれていない自覚がちょっとおおげさながらはさまれると切ない。そのあと少し女として立ち位置に自信が出てきている変化とかも含めて、たんなるお人好しの傍観者じゃない、最後までなにかありそうだと思わせるような多面的なキャラクターに嫁がなっているのは、彼女の演技による部分がけっこうおおきいんじゃないか。あと脇役なんだけど、姉の愛人兼借金取りで東京からやってくる太いズボンの中年男がいる。この人がやけにいい。