ラスト、コーション


<予告編>
ストーリー:日本占領下の中国。傀儡政権で反体制派をとりしまる秘密警察の幹部、イー(トニー・レオン)。抗日活動の学生たちは日本側についている彼を襲撃しようとする。そのなかに入学そうそうスカウトされて、ハニートラップ要員にされるチアチー(タン・ウェイ)がいた。計画はなかなか実行にうつせず舞台は香港から3年後の上海にうつる。そこでも身分をいつわってチアチーはイーに接近し、愛人になる。ターゲット暗殺のためという目的は忘れていないものの、何度も体をかさねるうちにイーの思いにしだいに共鳴していく……
まずは表面的かつ下世話なはなしですみませんが、この映画を見ていると、セックスシーンの絵面でだいじなのはやはり尻だなと思う。女優だけじゃなく男優もそうだ。そもそも尻はいわば身体の顔といっていいくらいその人らしさが出るパーツだ。裸体があると自然に尻に視線がひきつけられる。一般映画だとAVみたいに局部メインで映すわけにもいかないから、重なっている2人を撮るでしょう。そうすると必然的に、男優は特に背中と尻でかたらなくちゃならなくなるのだ。セクシュアリティと関係なくね。『シェイム』のファスベンダーは白人らしい体の厚みで(たぶん映画用にシェイプもしただろう)きっちり絵にしてきた。
その点トニー・レオンタン・ウェイはちょっと弱い。東アジア人特有の体の細さでふたりとも尻が薄いのだ。冬の夜空に輝くシリウスである。監督アン・リーは『ブロークバック・マウンテン』の時とちがって2人の全身のシルエットがくまなく見える撮り方をする。だからよけいに分かる。いやそうですよもちろん。ポルノじゃないんだからオブジェとしてりっぱな体があればいいっていうものじゃない。トニーもマッチョさで強さやすごみを表現するタイプの俳優じゃないだろう。たっぷりした身体の2人がここで汗みずくのセックスをはじめたら、このラブシーンの切羽つまった雰囲気もへってしまうかもしれん。……だけどやっぱりちょっと細かった。うまく言えないけれど、なんだか映像にローカル感が出てきてしまうのだ。絵的に面白さをだすためか、監督みずからの指示でふたりはいやにトリッキーな体位を繰り返すようになる。ストーリー上の必然はどう考えてもないよね。あの体位には。

そこをのぞけばトニーはさすがに雰囲気があって、蛇的な怖さをうまく出している。後半になるとスパイと分かっていても女に弱さをちらりと見せるようになる。もとのやさ男ぶりがそんなところでは生きてくる。日本人向け(つまり占領軍用の)料亭でひとり手酌で飲んでいるシーンがあって、小津映画に出てくる佐田啓二的な、美男俳優がサラリーマンの哀感を表現しているみたいな味があった。そこでは彼は支配者じゃなく従属した存在になってしまうわけだからね。タン・ウェイはデビュー作ということを考えるとずいぶん堂々としてあぶなっかしさもない演技だった。ただ表情でなにかを伝えるにはまだ固かったかもしれない。映画の本筋の「標的である男と愛人のふりをしているうちに、妙に共鳴しあってしまう」というところがちょっと説明的な印象があるのだ。ううん、そういう演出だったからかなあ?
それと彼女を抗日運動にひきこむ先輩役のジョアン・チェン。話の自然な流れでいくと、チアチーはずっと彼に心がひかれているんだけど、女スパイという使命もあってその思いは決してとげられず、同士としての微妙な距離感のまま、別の男に抱かれていく……ということだろうと思いたくなる。でも彼の存在感のうすさもあって、「最初は少々気があったけど、そうこうするうちに彼女の中ではすっかりそれも消えて、単なる同士になった」という風にしか見えないのだ。ん?とちゅうでキスかなにかしてたっけ? でもなぁ。この物語のエロスを濃厚にするには、同士である2人はとうぜん愛し合っていた方がいいでしょう。そのあたりはどうだったんだろう?