ウィンターズ・ボーン


<予告編>
ミズーリ州オザーク高原。標高800m以下の、古い造山帯に属するなだらかな石灰岩の高地で、冬も普通は0度くらい、植生はシダー(ビャクシン)パイン(マツ)のような針葉樹とオーク(ナラ)ヒッコリー(クルミ)などの森だ。ネイティヴのあとこの土地を拓いた人々はスコットランドアイルランドからの移民。その子孫がずっとすみ続けている。林業やハンティングは暮らしの一部だ。彼らのルーツであるケルト音楽に源流を持つ、バンジョーフィドルを鳴らすブルーグラス。この音楽はヒルビリーミュージックと呼ばれることもある。カントリーのオリジンだ。
......的なね。まぁ、そういう土地の固有のお話なのだ。どこかの田舎町じゃない、この土地のだ。ミズーリ州ブランソンとその周辺でロケをしている。アメリカの辺境にある固有の場所、けっして豊かではない生活からやむにやまれず生まれるドラマ、ぎりぎりなぶんよけいに「ファミリー」「ホーム」「ハウス」が浮かび上がってくるところ、あと「冬」という季節の描き方。後味もふくめてこの映画『フローズン・リバー』に近い。けっこう苦い、シビアな話だ。簡単な救いなんかないし、劇中ほとんど笑顔が見られない。
ストーリー:17歳のリー(ジェニファー・ローレンス)には父がいない。いないというより消えたのだ。麻薬製造の容疑で保釈中に消えた。このままだと保釈金のカタに家が取られてしまう。機能停止した母と小さな弟妹をかかえたリーは父をさがして村の人びとをたずねる…..

物語は「村の秘められたおきてに単身で立ち向かう主人公」モノの一種だ。『ウィッカーマン』『リーピング』『ホットファズ』あたりと共通。ただしおおきく違うのは主人公リーも、むかしからいる村民の家族の一人だということ。普通だと、主人公は、観客が共感しやすい文明化された環境から村へ行く。いろいろひどい目にあっても、何とか逃げ出しさえすれば帰るところはあるわけだ。
けれどこの物語では主人公の居場所はここしかないのだ。だから絶望はいっそう深い。貧しいアメリカの若者のひとつの選択肢、リーは陸軍の募集会場に行ってみる。入隊するとまとまった金が最初にもらえるのだ。でも今の環境ではそれもできない。救いもある。村人は徹底的な他者じゃない。だからこそひどい目にもあわせるけれど、ときには手も差し伸べる。見ているぼくたちも単純にあいつは他者とか敵とかに色分けできないのだ。この辺の感じは一種のヤクザ映画に近いかもしれない。いや登場人物を置き換えてみればそういう映画ともいえる。敵対する組との抗争とかじゃなく、弱小の組のあとつぎが一家の中でどう生きるか的なね。
リーは立派な鉄砲玉だ。根性は誰にも負けないし、礼儀をとおすときも罵倒するときも口の聞き方が分かっている。村のなにかを支配する理不尽な論理もちゃんと飲み込んで、それはそれとして、というたたかいに持っていく。うちに帰れば家族思いの姐さんだ。ジェニファー・ローレンスはふつうに美人女優だから、リーもふとした瞬間に可愛いけれど、ばっさばさの服を着て慣れた斧づかいや猟銃のあつかい、狩ったリスをさばくなどタフさが強調される。そんな彼女が森と動物込みの生まれ育った土地をうばわれまいと頑張るのだ。

この映画,評価は高いけれどインディーズ作品だからそんなに多勢動員していない(制作予算が200万ドルで、米国内興収が650万ドルくらい)。想像だけど、アメリカでもどっちかといえば都市部の知的な層が見に行きがちな映画だろう。そんな観客たちにとって、映画の中のおなじアメリカ人たちはどのくらいエキゾチック、というか遠い存在なんだろう? ほとんど異民族として見るんだろうか? 
都市そだちの住民にとっては、国が違っても似たような都市の似たような環境の人たちのほうが分かりやすいときがある。じっさい、初めて行く国の都市でも「都市の作法」が身についていて、地下鉄の乗り方からファストフードの使い方もわかっていれば、思ったより簡単になじめることってある。それよりは日本の家もまばらな山あいの村で日が暮れてきた時のほうがずっと遠くに来てしまった気分にならないか。政治学者の原武史は『レッドアローとスターハウス』で、西武沿線の団地そだちの作者がモスクワやレニングラード郊外の団地に行ったときのなんともいえない「おなじにおい」について書いている。へたをすれば東急田園都市線沿線の住宅地より親近性をかんじたかもしれない。
アメリカ人観客にとってこの映画、どんな距離感でみられるのか、妙に気になった。オザーク高原じゃないけれど、アパラチア山系にすむ貧しい人々は、そのなまりもあって、田舎者の典型みたいにエンターティメントの中でも描かれてきた。たぶん彼らの生活に「アメリカ人の心のふるさと」「おれらの原風景」的な思い入れを持つ人はそんなにいないんじゃないか。おなじ田舎の風景といってもね。このあたりはだいぶ想像だけど。
ところでストリートビューでロケ地のあたりを見ると、一面につづく広大な森なんだけど、妙に木のボリュームが小さい(低い)ような印象がある。ぱっと見た所だいたい落葉広葉樹の森だけど、鉱業(鉛が採れる)とならんで主要な産業は林業だしなぁ…..と思ったら、やっぱり20世紀前半までは林業による伐採が激しく、今残っているのはその後成長した二次林が多いそうだ。