トラフィック


<予告編>
ジャック・タチ、1971年の作品。しかしこのビジュアル。なんてエレガントで格好いいんだ.. 大借金をつくった『プレイタイム』の次の作品だ。よく似ている。祝祭的な世界があっておおぜいの人が集まる。ひたすら続くトラブルがある。ユロ氏(タチのキャラね)はトラブルに巻き込まれているくせにひょうひょうとやり過ごし、さいごは美女と仲よくなる。それから『ぼくの伯父さん』でもおなじみの現代工業社会への微妙な視線...
ストーリーはいつもの通りほとんどない。ユロ氏がいるのはパリの小さな車メーカー。会社は新型のキャンピングカーをアムステルダムオートショーに出品する。ところがニューモデルを積んでパリを出発したトラックをまっているのは次から次のトラブルだ。おなじみ「うまくいかないプロジェクト」モノだ。ちなみに巨費をかけた『プレイタイム』にくらべると低予算だったらしく、オートショーの場面は実際のショーの合間にブースを借りてとってるふしがある。会場はアムステルダム南部のRAI Exhibition Centre だ。パリからアムステルダムまで車で500km弱。高速でつながっているとすれば5時間、一般道を行っても10時間くらいの距離を、トラックは何泊もしながら進む。フランス〜ベルギー〜オランダ縦断のロードムービーでもあるわけだ。

最初、映画のテンポがいまいち好きになれなかった。正直まどろっこしかったなぁ。だってトラックが最初に止まったとこでオチは想像つくもの。だから面白さはトラブルのバリエーション勝負になる。それなのに「修理工場で1泊」が2回も出てくる。べつの工場でだよ。もちろん理由は違うけど、繰り返しのおかしさ狙いにも見えない。それ、さすがにネタ詰まり感がないかね?
この映画、タチ作品のなかでも笑いの薄味っぷりが際立っている。まぁ...ギャグだよね?という微笑系のネタの連打なのだ。あきらかにギャグです、という部分は逆に浮いていてあんまり面白くない。見た人なら分かるけど、たとえば「えっ犬がひかれた!?」ネタとかね。それよりはスケッチ風に散りばめられる、普通の人びとの「なんかヘン」や、さりげない小ネタを楽しむ映画だ。『プレイタイム』みたいに人も車も画面のなかの量的な過剰さが一種のおかしみになっている。
「現代工業社会への視線」はわりと分かりやすい。渋滞は何度もでてくる。混雑のなかでぶつけて人々はもめる。車の残骸がいたるところで出てくる。最新モデルがピカピカならぶモーターショーとのわかりやすい対比で、一行がトラブルで足止めされるたびにどこかに映る。交通事故シーンもちゃんとある。予算がないという割には10台以上の多重事故シーンもある。段取りよくつぎつぎ車がぶつかって、くるくる回ったり、ホイールが外れてころがっていく。さすがにけが人は出さず、ドライバーたちは衝突のショックから覚めると、のろのろと車から出てきて飛んでいったパーツを拾い集めるのだ。
タチらしい「変なメカ」は展示品のキャンピングカーだ。この会社、完全なメーカーというよりカスタムビルダーに近い感じで、ベースはルノー4だ。それにこまごまとふざけた仕掛けが埋め込んであって、途中でていねいに紹介している。

車的に主なキャストは、そのルノー4を積んで何度もエンコするトラックがシトロエン。もう一つ、広報のマリア嬢が乗るのがSiata Spring850だ。この車は大衆車フィアット850をベースにしたお小さな手軽オープンカー。女性によく似合う。いつもやけに勢いよく発進していくのは、このときだけ微妙にフィルムを早回ししている気がする。マリア嬢は、最初はショーに気合が入ったのか巨大な帽子をかぶったり、なかなか攻めたスタイリングを見せてくるのだが、トラブルに付き合っている(というか、トラブルのいくつかは彼女が原因になっている)うちにゆるんできて、後半はいい感じのカジュアルに変わるのがおかしい。
ちょうどアポロ計画まっさかりのころで、ヨーロッパ人たちが月面飛行の中継を楽しんでいるシーンが何度も出てくる。月面の飛行士を見たおっさん二人が影響されて月面歩行ごっこをはじめるシーンは一番おかしかった。アポロ計画は合計6回の月着陸に成功したけれど、実は1969年から1972年のたった3年間に集中している。時代のベンチマークにはちょうどいいんだよね。ちなみにタチはやっぱりアメ車が好きで、ここでもちゃんとムスタングとかがいい感じにすべるように走るカットがはいってる。それから大量の車の間をひとびとが行き交うロマンチックなラストシーンは、フォードの工場の置場をそのまま借りて撮ったそうだ。だからラストの車はぜんぶフォードというわけ。
そうそう、そういえばDVDの日本語字幕!そもそも日本で公開されて字幕がついたことがあったのかよく知らないけど、この字幕、そうとう適当だ。だいたい、サイレントコメディに近いタチの映画はセリフの比重は軽い。いちおう意味をなしているセリフもあるけれど、ろくに聞き取れない音響みたいなのも多いのだ。タチリスペクトのアニメーション『イリュージョニスト』では完全にセリフを意味のない音にしていた。字幕はちょっとしたしゃべりにも当てているけど、セリフを翻訳したというよりそのシーンからだれでも想像つく会話を文字にしてる風なのだ。ぜったい聞き取れてないって全部は。最初字幕なしかと思って見てたけど、字幕ONのときと理解度はまったく変わらなかった。みんなもいらないよ!