近松物語


<序盤映像>
この映画を見ていると、堀北真希はやがて香川京子になるんじゃないかという予感がしてくる。何か感じが似てるんだよ。『山椒太夫』ではほとんど精霊のような妹を演じた香川だけど、この世話物では不義の恋に熱く突っ走る大店の女房になる。
ストーリー:京都に店を構える大経師(表装・表具が仕事)。宮中や幕府の注文を受け公式の暦を発行し、何十人も住込みの従業員がいるような大店だ。あるじ(進藤栄太郎)は公家や侍にも顔がきく大物だがすでに初老で金銭にはきわめてケチな男、そのくせ好色で住込の女中を狙っている。実家の窮状の助けにと嫁いだ年の離れた女房おさん(香川京子)。表装職人の茂兵衛(長谷川一夫)は腕がよく、まじめで人当たり柔らかい色男。おさんの実家の跡取りの兄は稽古事ばかりに精を出す、絵に描いたような道楽者で、金に窮して金持ちに嫁いだ妹に無心にくる。夫はにべもない。困り果てたおさんは茂兵衛に相談する。しかし彼とてそうそう右から左に金を用立てられる立場じゃない。おかみさんのためならと少々危ない橋を渡ったのがつまづきのもとだった…

茂兵衛とおさんは序盤はほのかに好意を持っている仲で、不倫の疑いをかけられて進退極まった二人は命懸けの逃避行にでる。そうなると二人の愛情は一気に燃え上がる。絵に描いたようなエロス&タナトスもので、彼らの秘めた気持ちも、その後おおっぴらに愛し合うようになってからも、とにかく分かりやすい。愛情表現も少々オーバーで、男女ともあけすけなまでにお互いへの思いをぶちまけ、パッションとリビドーが渾然一体となった激しい抱擁をみせてくるのだ。いわゆるエロシーンはもちろんないが、いまや古典となった時代劇にぼくらが何となく想定する控えめで枯れた表現は軽々と超えてくる巨匠がいる。肉欲的な側面がこの物語に濃厚に漂っているのは全編を通したテーマのひとつでもあるんだろう。
当時は死罪になる不倫だから、とうぜん物語のフレームとしては悲恋のストーリーだ。でも湿っぽさがない。それよりストレートな恋愛賛歌と言った方がいい。ラストも彼らの愛の勝利がたからかに周りのものたちの目に焼き付けられる。おさんは従順な妻だったときは眉も白塗りで既婚者らしいメイクをしているけれど、逃避行に入ってからは眉が戻り、このあたりもわかりやすく彼女の心情を象徴している。香川京子がちょっと生硬なのはどうしてもあるんだけど、逆にまじめで純情だった若い女房が愛にめざめて開花する、的物語に見える。

わかりやすいといえば、登場人物たちの色分けは少々平板といっていいくらいに明確だ。二人の愛を手助けする者たちは翳りなく善人。妨げになる者はほとんどネガティブ面だけ見せる。茂兵衛に惚れている下働きのお玉(南田洋子)、おさんの母で驚異的に顔が小さいおこう(浪花千栄子)、茂兵衛の父などは全面的にいい人で、不義はとがめるものの、かれらに対する愛情には曇りがない。
逆に妻を寝取られるあるじは、その前に自分が女中に手を出していたエピソードを添えられてお前言えないだろ的ポジションになり、その後もお家の体面だけを重視する男として描かれるし、二人が追い込まれる元になった番頭もろくでもない男としてろくでもない運命が待っている。おさんの兄は最初から最後まで目が覚めないままで、おこうとは逆に不義者となった妹を冷たく突き放す。つまり普通に見た場合、敵役になんらかのシンパシーを感じる必要がまったくない作りになっている。というよりすごくざっくり言えば茂兵衛父子以外の男は不義を追求して追い込む立場で、女は愛をつらぬく二人に知ってか知らずかシンパシーを見せる立場、という色分けだ。だから物語全体が恋愛の讃歌だとすれば、テーマを謳う女性たちと抑圧する男性たちという図式に見えなくもない。ひとり愛を追求する茂兵衛が比較的中性的な長谷川一夫なのもその図式の中でおさまりがいい。
この密通の物語は実話を元にしていて、井原西鶴が書いたオリジナル、近松門左衛門が書いた別バージョンがあり、映画の基本プロットはタイトル通り近松バージョンだけれど、後半の空気感は西鶴バージョンに近いものに監督は書き替えていったそうだ。西鶴版では夫もっときちんと女房に向き合っていて、その中でおさんと茂兵衛は禁断の愛に踏み込んでいくのだ。
画面は例によって見ていて満足感が高い。大店の巨大な建築空間が前半のどたばたじみたところもあるドラマの舞台として上手く使われている。迷路めいた室内の配置、一階の店や土間から二階の居室、たぶん最上階にある茂平の作業場の間を行ったり来たりするひとびとの動き。座敷牢になった天井裏と下階の垂直的な行き来の関係。室内はたとえば『椿三十郎』の、天井に蛍光灯でもあるみたいな平板にすべてを映すライティングじゃなく、ちゃんと暗い所が暗い。ただドラマチックな陰影を見せるわけじゃなく、コントラストが弱い、陰影が目立たないライティングだ。それでいて暗いところも階調がつぶれずに微妙な濃淡が分かる。お話の転換点が琵琶湖の上で心中しようとした二人の舟往きのシーンだ。『雨月物語』にもあった船上のシーンはあぶなっかしさ効果もあるし、なにより美しい。