ゴーストライター


<公式>
ポランスキーのポリティカル・サスペンス。モチーフは「英国元首相の秘密」「対テロ戦争スキャンダル」「軍需産業の暗躍」「CIAの陰謀」。「CIAの陰謀」・・・なんて既視感のある言葉ですか! 小学生の時に読んだ「世界のスパイ列伝」的な本で(なぜか子供向けのそんな本があったのだ)CIAを知っていらい、どれだけあの秘密組織の暗躍ぶりを目にしたことだろう? 東洋のいち少年にまでこんなに暗躍ぶりが知られていて活動に支障はないのか心配になるくらい、彼らの活動はあちこちで紹介された。そんな情報にどっぷりつかった観客からすると「国家の重要人物をCIAのエージェントにとりこみ、他国の政治を隠然と支配する」なんて話はざんねんながらあまり新鮮味がないのだ。戦後の日本政治史を振り返れば事実として指摘されていること。まぁ被占領国と元の宗主国じゃだいぶ事情が違うとは思うけど。
この映画と原作小説の「元英国首相」はトニー・ブレアを露骨にモデルにしている。在任時期、イラク戦争への関与、いいルックス・・だれでも思い浮かぶし、ほかにもスコットランド出身、労働党入党の年、妻が秀才でわりと口が悪い・・・イギリス人やイギリス政治に親しい人ならもっといくらでも共通点を見つけるだろう。政敵も実在の政治家によく似せている。けっして漠然としたイメージの「イギリス首相」じゃないのだ。アフガン、イラク戦争の時にアメリカに従属しすぎだと感じてフラストレーションをためていたイギリス人たちは、この物語に多少溜飲をさげたんだろうか。後半ではもろにハリバートンを意識した軍需企業まで出てくる。原作のロバート・ハリス(共同脚本)自身が、ブレアの熱烈な支持者だったにもかかわらずイラク戦争には失望したといっている。ある論評をみると「この物語は事実ではありえないが、当時のイギリスの状況をすっきり説明できる」と書いている(たしかアメリカメディア)。そういうニーズにヒットしたのか本はベストセラーになった。映画自体アメリカでのヒットはあまり期待してないんじゃないかと思う。

ストーリーは、一般人であるライター(ユアン・マグレガー)が元首相(ピアーズ・ブロスナン)の自伝のゴーストライターとして、元首相と妻(オリヴィア・ウィリアムス)秘書(キム・キャトラル)らがこもっている海辺の島の別荘に缶詰に、というところから始まる。前任のゴーストは謎の死をとげていた。このゴーストのキャラクター、村上春樹の小説の主人公そっくりだ。それほど風采はあがらない、でもどこか少年っぽい魅力があり、自分の物語はほとんどなく、状況に振り回されつつも、それなりのプライドを持ち、何かを探し求める。ぱっとしないようでいて、気の利いた冗談めかしたセリフを誰にでもものおじせずに吐くから、意外に面白い頭の切れる男として軽く一目置かれるようになる。ちなみに主人公と元首相はひとつ共通項をもっている。それは「雨に濡れたいい女に落ちる」という点だ。物語は繰り返される(注意して見ると伏線ぽく思えなくもない)。そんな主人公が、もう一人のゴースト、つまり本当に亡霊になった前任者に導かれるように彼のたどった跡をトレースしていく。物語的にいえば前任と主人公の二人のゴーストは二人で一人のようなもの。失った自分の記憶を掘り起こすというオチにしたって成立するような話なのだ。結局主人公は最後まで不在のゴーストよりも深く真相を知ることはない。前任者が彼に託したのはせいぜい自分の死の真相くらいだ。
この映画、最初に主人公の不吉な運命を予告して権力者たちの中に放りこみ、無力な彼に少しだけ自分の能力を超えた使命を果たさせる物語で、最後までいい緊張感がつづく。無用なアクションも爆発もなく、寒々しいアメリカ北東沿岸部の風景は緊張感があり、セットデザインもスタイリッシュだし、キャスティングも演技もはずしがない。特に首相夫人役のオリヴィア・ウィリアムス。最小限の単語しか話さない性格のきつそうな熟女(なのに主人公に妙に好意的)で、実にいい存在具合だ。ようするに映画としての外形は文句なしなのだ。名匠中の名匠ポランスキーの演出なんだから不思議もない。十分に楽しんだ。でもなぁ・・・そのクールでスタイリッシュな外見に「大人の本格的ポリティカル・サスペンス」を期待していると、微妙な甘さが気になるのだ。「・・・まぁ、ドラマだしね」という感慨をむかえずにはいられないなにかがある。どの程度のディープさをエンターティメントに求めるのかということでもあるけれど、語り口や映像の雰囲気がタイトなぶん、陰謀論にしても高度なのを望みたくなるんだよね。いちいちあげないけれど、細部の説得力のなさでちょっと緊張感がゆるんでしまうきらいもある。たとえば「秘められた真相」をググって知るとかね。そんなもん最初にググれと。それ以外でも主人公はあまり賢くない。いわば敵地に乗り込んで彼らの秘密をあばこうとしているのに、そこの人間相手に自分が仕入れたネタをべらべらと喋ってしまうのだ。情報をカードとして使おうという雰囲気がまったくない。あっさり手の内を見せてしまう。ラストも解けた謎をその場で当人に伝えずにいられず、結果・・・ということになる。ちなみに大量の紙が舞い散るラストは、キューブリックの『現金に身体を張れ』オマージュだろうなという気がする。むなしい感覚も似ているのだ。
合成と言われてみると外の風景の俯角がなんだか変!
さてこの映画、舞台はアメリカ北東部のマサチューセッツにあるMartha's Vinyardという島。フェリーと飛行機でしか行かれない閉鎖空間が物語にも効いている。そもそもこの島、けっこう特殊だ。いまは夏のリゾートとして知られるけれど、先住民が合衆国以前からのコミュニティを保っていたほか、聴覚障害者のコミュニティでも知られ特有の手話が発達したという。クリントン夫妻やケネディ家などが滞在したことでも有名だ。悲劇の一族ケネディ家にまつわる事件も起きている。ちなみにコメディアンのジョン・ベルーシが埋葬されているのがここで、偶然だと思うが出版社の支社長役でベルーシの弟が出ている。
寒い地域の海沿いだからオークやマツの森と、海沿いの砂地は木なんか何もない草地という風景だ。けれどじっさいのロケ地はMartha's Vinyard島ではなく、ドイツのSyltというデンマーク国境近くの島がメイン。ビーチの一部はデンマークでも撮る。もちろん監督ポランスキーアメリカに入国すると即逮捕されるからだ。アメリカっぽくするために、時々わざとらしいくらい国旗や看板やアメリカらしい建物を画面にちりばめている。立派な別荘の外側はUsedomというポーランド国境近くの海辺に建て、内部はセット、窓から見える風景はCG合成。物語の最初と最後の舞台になるロンドンの出版社はベルリンでロケしている。ここでもダブルデッカーやロンドンタクシーなど、らしい小物をちりばめる。ドイツの都市や北部の島の風景をロンドンやマサチューセッツの大西洋岸に見せる。どのくらいのリアリティがあるのか、地元民はどんなふうに見るんだろう。あとどうでもいいことだけど、別荘で主人公が借りるMTBがフランスのLOOKのハードテイルタイプ。日本にはあまり入っていない、格好いいバイクだった。