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まえに『イントゥ・ザ・ワイルド』でちらっと書いていた、二人のアメリカ人の、パタゴニアへの旅の記録・・・のつもりで見たのがこの映画。その二人というのはNORTH FACEの創業者、ダグ・トンプキンスと Patagoniaの創業者、イヴォン・シュイナード。40年くらいまえの旅の記録がどんなふうに今の映画になっているんだろう、と思っていたら、話の中心は40年前の旅じゃなかった。おまけに主人公はどちらかというと二人じゃなく、パタゴニア専属カメラマンでありアウトドアーズマンのジェフ・ジョンソンだった。
ジェフが二人の旅をトレースしたくなって、仲間たちと南米へむかって…というおはなし。ぼろいバンで未舗装の南北米大陸縦断道路を走り続けたふたりとはちがって、ジェフは外洋クルーザーのクルーになって太平洋を南へくだる。途中でマストが折れてラパヌイ(イースター)島に滞在し、地元のレディと仲良くなって彼女を旅の道連れにチリ本土に上陸。海岸の環境悪化に抵抗するローカルサーファーと交流したりして、あこがれのパタゴニアに到着する。ダグはパタゴニア山地の広大な面積を私有して、保護区にしている。イヴォンも来ていて、ジェフたちと合流する。そして集合したクライミングのエキスパートや道連れのレディと伝説の山をめざす…
最初から最後まで、あらゆる意味であこがれっぱなしだ。そりゃそうでしょう、美しすぎる未踏の自然とかだれもしらないビッグウェーブを求めて旅をつづける男たち。もちろんそんな遊びをたのしめるだけの、スポーツエリートなみのスキルも能力もある連中なのだ。何して食ってるんだ問題などリーマン的卑小な問題意識はガレ場トレイルの小石のように蹴散らされるであろう。ダグとイヴォンだってアメリカでトップクラスの巨大でむずかしい岩壁を若い頃に登頂していたし、生まれて初めてのスキーでパタゴニアの高山を滑降したりしてるのだ。ヨットマンだってそうだ。デスマスト(マストが折れる)という、ふつうなら「完全終了。」なイベントにあっているのにラパヌイ島で現地の丸太をつかって短めながらマストを復活させてしまいチリに向かうのだ。マストの根本というのは、小さなヨットでも船体の中で一番頑丈な部品が入っているような部分で、つまりそれだけパワーがかかる。おまけに荒れる外洋を3600km以上帆走するのだ。それを…ますますこの男たちは神話的な色彩をおびはじめる。
そしてもちろん、ラパヌイ島の、パタゴニアの風景。高山なのに、陸路がなくて小舟でアプローチしなくちゃいけない、ってほんとにそれしかルートはないのか。毎年10万人がトレッキングに訪れるというパタゴニアとはちがう場所なのか、文明の痕跡がほとんど見られない、ナチュラルすぎる入り江に舟は着艇し、サーファーたちはさっそく豪快な波をたのしみはじめる。そして伝説的な山。そりゃ行きたくなるでしょ。見てるだけでこころが洗われる系のながめだ。アウトドアが好きならだれでも盛り上がる。しかもそういうやつらならほぼ間違いなく持ってるパタゴニアとノースフェイスのカリスマ創業者のひととなりまで見えるのだ。

で。
そこは文句なしなんだけど、映画として見ると…うーん、正直、うーん、なのだ。ぼく的には。
あのね、40年前のふたりの旅、これはパーソナルなものだったはずだ。それで16mmも「いちおう」記録用に持っていった(...だよね?)。で、それをトレースするジェフの旅、これも語り口としてはかぎりなくパーソナルなのだ。ナレーションはジェフで、カメラはだいたいジェフに寄り添い、予定通りにすすまない彼の旅をおい続ける。でもさ、これ企画ものでしょう。メイキングを見ればわかるようにきちんとプロデューサーチームがいて監督がいて、サーフィン・ヨット船内・登山、それぞれ得意なスペシャリストがカメラマンとして参加して、移動撮影用のドーリーや小型クレーンをもってトレッキングに同行してる。そんなの見なくても、イメージ映像的な、雄大な風景の中にジェフや仲間たちが溶け込んだ美しい映像を見れば、ちゃんとした撮影チームがいる中で彼らがうごいていることはすぐわかる。そういったウェルメイドな映像だから、とうぜん撮影チームは完全にカメラの背後に隠れて、かれらの存在感はまったくなかったことになっている。
なにがいいたいのかというと、ようするにこの映画、パーソナルなドキュメンタリーの体裁じゃなくていいのに、ということなのだ。撮影チームがダグやイヴォンを囲んでもう一度伝説の山にいどみました、でいいじゃん。登山シーンにしたってカメラマンの方が先回りして、足場のきびしい所から、はぁはぁいって登っている出演者を映しているわけで、これってよくあるタレントがキリマンジャロかなにか登るTVのスペシャルと本質的に変わらないでしょ。映画はせっかくその手の有名人をやめて、無名の、でもアウトドアスキルが高いスペシャリストたちをあつめてるんだから、こんなスムースな感じにしなくても、撮影チームの存在も画面のなかに残したほうがぼくは面白いけどなあ。
映画はラパヌイ(イースター)島の前近代の乱開発と衰亡、チリ海岸部の開発と汚染、ガウチョたちがいる山地に次々つくられようとしている巨大ダム計画など、物質文明がアウトドアの楽園を浸食しつづけていることをストレートにうったえる。パタゴニア、ノースフェイスはコンサヴェイション・アライアンスという活動の中心メンバーだ。この映画がパタゴニア(企業)の企画か単なるスポンサーかはっきりわからないけれど、企業のメッセージ事業であってもぜんぜん不思議じゃないし、だとしてもすごくよくできてる。別にそれでいい。でも、それならなおパーソナルストーリー風にする必要はやっぱりないと思うよ。