吸血鬼


<参考(imdb)>
2012年にも快調に新作が公開され続けるベテラン監督ロマン・ポランスキーが、若い頃、まだアメリカで活動できていた頃に撮ったコメディーホラーだ。この作品はちょっと彼のバイオをあたればすぐわかるように、その後の悲劇的な人生に直接つながる因縁があって、どうしてもすこし複雑な気分で見ない訳にはいかない。どうしようかな、ここでわざわざ書くのはやめておこう。有名な話だし。ヒロインのシャロン・テートにまつわることだ。セクシー女優の彼女とポランスキーはこの映画をきっかけにその後結婚することになる。この映画でのシャロン・テートはセクシーでもあり少し幼い雰囲気もあってとてもかわいい。オチまで彼女のかわいさで引っ張っていく映画だ。
舞台はトランシルバニア地方。ルーマニア北西部の山がちなエリアで、いわゆる「ドラキュラ」伝説発祥の地だ。吸血鬼を研究したマッドサイエンティスト風の教授(ジャック・マクゴウラン)とチビの助手(ロマン・ポランスキー)が雪深い村にやってくる。村人たちはとぼけているが吸血鬼の匂いがびんびんにする。宿の主人シャガールの美しい娘がサラ(シャロン・テート)。「風呂が大好き」という安直なまでにサービス重視の設定だ。二人が滞在し始めるとすぐ「ほーら、やっぱり」という感じで吸血鬼が襲撃にやってきて、サラは連れていかれ、シャガールも血をすわれてしまう。教授と助手はスキーで足跡をたどり、山の上の城にたどりつく。重厚な石造りの城。もちろんそこはヴァンパイアの伯爵の城だったのだ。壁には歴代の住人の肖像画が飾ってあって、どれも化け物の顔をしている。素知らぬ顔で滞在することにした二人は、伯爵退治をこころみるが、それに失敗すると次はなんとかサラを救い出そうとして…という物語。

ジャンルムービーだから、ドラキュラの性質や弱点や見た目はきちんとおさえられていて、ストーリーのメリハリに生かされている。ゾンビ的な彼らの性質とか、鏡に映らないところとかね。それにしてもドラキュラやゾンビの説話構造って日本の怪談にはたぶんないよね。つまり死者におそわれると彼も死ぬが、死者としてよみがえる、というアレだ。リビングデッドの無限の増殖。思うにこれって致死的な伝染病のアナロジーじゃないんだろうか? それこそペスト大流行の歴史が民族的記憶にあって...的な。とにかくこの話も生者たちがじょじょに吸血鬼側に転んでいって多数派になっていくというリビングデッドものの定型をもっている。
画面が独特だ。雪の夜のシーンが多いんだけど、暗い時間にライティングして撮ってるふうじゃない。レンズにブルーの濃いフィルターをかませているのか、現像の時に暗くしているのか、そんな感じの濃いブルーで雪の上に影がくっきりと落ちる、どこか夢幻的な風景だ。ポランスキーシャガールの絵をモチーフにしたんだといっている。ロケ地はイタリアのスキー場(ドロミテ)だそう。ところどころでリア・プロジェクションを使ったり、早回しを入れたり、風景に人工的なニュアンスがくわわる。セット撮影はイギリス。撮影監督はこの映画に、独特の「中央ヨーロッパ感」がある、自分にはわかる、といっている。パリでポーランドユダヤ人の父とロシア系ユダヤ人の母の間に生まれたポランスキーは、戦後にポーランドに移り、そこで映画キャリアをスタートさせる。初期の作品でいきなり高評価をえた監督がわりあい潤沢な予算をあたえられて、セットやロケ地にぜいたくができる体制で撮ったのがこの映画だ。

見て最初に思ったのは、ポランスキーの空間センス。前にポン・ジュノのところでも空間にたいする感覚がするどいね、と書いたけれど、この映画でも宿屋や城での立体的な空間移動によるダイナミズムがすごく効いているのだ。とくに城のシーンは、高い山の上にさらに垂直にそびえる建物の屋根から地下室まで縦横無尽に教授と助手が走り回る。『吠える犬はかまない』と同じで、建物の高い位置からの見下ろしでいろいろなことを目撃する視線が物語のあちこちでみられるし、最上階の公爵親子の寝室から地上部のヴァンパイアたちの棺桶まで空間が使い分けられている。今の日本でいうとこの感じの使い手は宮崎駿が筆頭だ。つまりこの映画、『カリオストロの城』を思い出さないでもないのだ。悪魔的な男爵からヒロインを救い出すとこもふくめてね。
芝居はかなりクラシック。1967年といえばヌーヴェルバーグやニューシネマのあたらしいスタイルが目立っていた頃だろうに、ポランスキーはまるで戦前のトーキー映画のように俳優たちを動かす。教授役のマクゴウランはアイリッシュのベテラン俳優でサミュエル・ベケットの舞台で活躍していたそう。体の切れはなかなかで、ポランスキーと妙なコンビでテンポよく表情や体勢を変えていく。ポランスキーは撮影当時33歳くらいだけど小さくて可愛い顔で、純朴な青年そのものの雰囲気。セットのつくりも、たぶん当時でもクラシックに見えただろう、それこそ戦前の映画みたいな空気感。そのなかでスキーやそりのシーンだけ、本物のスキー場の急斜面をつかってやけにリアルな勢いですべっていくのがいい。
原題は『Dance of the vampires』アメリカでは『The fearless vampire killers』あと副題として、「すいません、あなたの歯、首にささってるんですけど」となっている。