ブラック・スワン

公式
この映画、トップダンサーが「バレエ界の内幕がこんなだって誤解される!」と批判していたね。まあストーリーは外側から見た憧れ妄想込みなんだろう。だいたいバレエ団のエロコーチにフランス人のヴァンサン・カッセルを持って来ているあたりでアメリカ人の「フランス人=文化芸術先進国&スケベ」というステロタイプそのものに見える(とはいっても実在のモデルがいるそうだ。コントロール・フリークと言われ、コーチングのときセクシャルなやり方を多用して・・・) あと、いかにも男の妄想っぽいのは、主人公ニナ(ナタリー・ポートマン)とライバル、リリー(ミラ・クニス)が酒とドラッグの効果でだんだんレズっぽい雰囲気になっていき、しまいには・・・というあたり。もはや様式美の領域でしょうそのあたり。
実力派ダンサーが大役のプレッシャーに押しつぶされて精神のバランスを崩しながらも、殻をやぶって自分自身を表現することに成功するというけっこうストレートなストーリーで、母親の呪縛のもとで自分を抑圧していた若い女の子が、自分の中にある成熟した女の面を解放していく成長の物語がかさなる。監督アロノフスキーはそのままだと心理劇っぽくなってしまう話をダイナミックな映像にするために、いくつものモチーフでとてもわかりやすく象徴する。
まずはライバルのリリー。彼女は物語のスタートと同時に(ブラックスワンがニナの課題になった瞬間から)新入団のダンサーとしてニナの前に現れる。最初は鏡の中からだ。背中に黒い羽のタトゥーをしてブラックスワンの資質をそのまま身につけているリリーは、ニナと対照的に見える。でも彼女はニナが意識下で抑圧していたもう一つの人格がライバルというかたちをとって現れてるだけ。だからリリーはニナに敵対するようなことはいっさいせず親しげだ。でもニナはその人格をなかなか受入れることができないから、リリーには素っ気なく、ときには被害妄想気味に過剰に反応したりしてしまう。それでも飲みにいけば男たちにそっくりな二人だと言われ、その後のお楽しみシーンではリリーの顔がニナに入れ替わる。二人は一体化しはじめ、最後の楽屋のシーンでそれが完結する。リリー役のミラ・クニスがとてもいい。ヤンキーっぽいが気のいい娘というキャラなのだがエキゾチックな顔立ちでミステリアスさも持っている。実はミラはナタリーの友達で、ナタリーが監督に推薦してこの役をゲットしたそうだ。それを思うと二人のいちゃいちゃシーンがまたなんとも味わい深く見えてくるじゃないか。ニナは、意識上では先輩プリマのベス(ウィノナ・ライダー)に同一化しようとして、鏡の前で彼女のリップをつけたり小物を盗んだりする。けれど最後には自分がなるべきなのはベスではないとさとり、小物をすべて返しにいくのだ。

もう一つは、物語の最初から出てくる背中の傷だ。最初はニナが無意識にかきむしったせいでできた傷ということになっていて、母親は過剰にそれを気にする。しかしやがてその傷は、母親の呪縛で押さえきれない成熟した女のエゴの噴出口であることがあらわになり、ラストのダンスシーンでそれも成就する。母親がその傷を忌避したのもとうぜんだろう。
一方、母親の抑圧のシンボルは鏡。最初から最後まで画面を埋め尽くす。ダンサーだから常に鏡を見なければいけないわけで、このモチーフは実に効果的で、だんだん恐ろしくもなってくる。鏡を見るニナは同時に鏡に監視されている。それは母親の監視の目であり、それを内面化してしまった自分の目でもある。ラストはどう解釈していいのか悩むけれど(性的な含意にもとれるし)、呪縛を解き放つと同時に母親の最後の復讐にあった姿だとも取れる。
もうひとつ、繰り返しでてくるのが先端恐怖的な表現。特に手足の指にそれが襲いかかる。幻覚のシーンではぞわっとするような指先の痛そうなシーンがあるが、母親による娘の支配も指で象徴されている。押し付けがましい祝福のシーンでは支配の象徴として娘に自分の指をなめさせ、背中の傷に関連して無理に娘の指の爪をきる。ぎゃくに娘が本格的に母親に反抗するシーンでは、扉を閉めさせない母親の指を挟んで撃退する。足の指もダンスの途中で痛んだり、彼女の変革をさまたげるかのように奇妙な状態になったりするのだ。ちなみにナタリーは撮影中に肋骨をいためて、低予算でメディカルチームがいなかったので、自分の予算を削らせてメディカルを呼んで撮影を続けたという。実際に痛いのは肋骨とふところだったのだ。
こんな風に、この映画はわりとベタなストーリーの上に、分かりやすくも重層的なシンボリズムを繰り返し重ねることでなんともこってりしたゴシック的味わいをかもし出している。えぐい描写と裏腹に、カッセルも後半はエロを封印して親身なコーチに変貌し、リリーも群舞のダンサーに徹して幕間で応援したりと主要キャラクターが善人化していくことで、ニナの成功物語は比較的後味のいいものになっていく。それにしてもウィノナ・ライダー!なんだかエグくなっていたなあビートルジュース