ザ・ファイト ー拳に込めたプライドー 

<imdb>
最初に言います。これ『ザ・ファイター』と間違えて借りました。。。ほんとはクリスチャン・ベールの変身っぷりが見たかったのだ。DVDが高速回転を始めてもまだ気がつかなくて、ドイツ兵たちが弾幕のなかで銃を撃ちまくるあたりでおかしいなと思いはじめて、そして第二次世界大戦が予告編でも特典映像でもない本編だと分かったころにはもうどこにも逃げ場がないことに気がつき、このドイツ人の骨太な人生に付き合うしかないことを知るのだった。
・・・というわけで、そもそも期待薄で見始めたんだけど、そのワリにそこそこ楽しんだ。いい意味で骨太なのだ。もう暑苦しいまでに漢映画である。主演のマックス・シュメリング役はヘンリー・マスケ。実際にボクシングヘビー級のチャンピオン(IBFというWBAから独立した団体)でもある、モノホンである。引退して少したつから体はゆるんでいる。でも雰囲気はね。じっさい強そうに見えるし。本人、金髪だが役にあわせて黒髪、濃い眉毛にメイクして、少しアーノルド・シュワルツェネガー風になっている。
余談だけど、ドイツ人のひとつのタイプとして黒髪でずんぐりがっちり系の、ゲルマン風でない人たちがいる。物語の主役シュメリングもそうだ。昔読んだクレッチマーだかの本に、ドイツやオーストリアあたりにいたゲルマン以前の人種がそんな風だったと書いてあったような気がする。ヨーロッパの古層みたいなひとびとなんだろう。そのシュメリングはドイツ人にとっての戦前戦後の国民的ヒーローだそうだ。「ドイツ人唯一の世界ヘビー級王者」と形容される(んー?じゃあマスケはどうなの?)。アメリカに渡って、ブラウン・ボンバーといわれたボクシングヒーロー、ジョールイスをKOで倒したことで彼は伝説になった。
マックス・シュメリング本人
映画は、じつをいえばそんなにぱっとした映画じゃない。シュメリングは終始ただしいヒーローとしてしか描かれていないし、妻は最後までつれそった良妻らしいがどことなく不気味な女優がキャスティングされているし、時間的経過の描き方も、なんというかいわゆる戦前戦後の一代記的そのものだ。そして現代ヨーロッパ、ドイツの常識にのっとってナチスはすべての悪と災厄のシンボルとしてだけ描かれる。ゲッペルス役が出てくるが、実際よりそうとう冴えない俳優がキャスティングされている。
それでも見終わった感じは悪くない。ひとつはボクシングシーンが、それなりに重量感があって見られること、それになにより描かれている本人、マックスの人生自体がまさに漢としてゆるぎない、一本筋が通り切ったものだからだろう。もちろんそう描いている面も多いにあるんだろうけど、時流に合おうが反しようがリスクがあろうが自分のプリンシプルを曲げない生き方、後半にいくにしたがって応援したくなるような『レスラー』にも少し通じるような、けれどそこまで破滅しない正統派ヒーローならではの競技者人生があるのだ。ヒーローは、引退してからも意外に商才を発揮して、ドイツのコカコーラ販売会社を経営して実業家としても成功し、妻とも長年添い遂げ、自分の人生が映画化されるなら、ヘンリー・マスケに演じてほしいと言っていたそうだ。
まあ、はっきりいえばドイツ人向けの映画だろう。長島茂雄の人生が日本人以外にはあまり関心を呼ばないように、僕もシュメリングなんて全くしらなかった。そこそこボクシングが好きな人でもそんなもんだろうと思う。間違わなければ絶対見なかっただろう映画だ。それでも無骨な古武士風のゲルマン男の一代記、余計なサブストーリーが殆どない男臭い世界にひたりたければ、これはアリだ。