イントゥ・ザ・ワイルド


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パタゴニアとザ・ノースフェイスの創業者二人が若いときにパタゴニア高原へ向かった「伝説の旅」の映画をすこし前公開していた(見てないけど:追記。見ました)。今はどちらもショッピングモールの定番、アジアや中米各国でつくられたグローバルアパレルだ。でもアメリカ中西部発祥のアウトドアブランドたちは、元々どこも一種独特のオーラがあった。MTBのメーカーも似ている。買収でただのブランド名になってしまったところもあるけれど、山で遊ぶために自転車を作っていたカリスマライダーがはじめたブランドがけっこう多いのだ。60年代反体制運動、逃走としてのヒッピー文化からつながっているこういうプロダクツを見ていると、アメリカでのアウトドアは、体制から離脱してピュアなものを求める精神とすごく近いんだなぁとあらためて思う。 ある年齢以上のアウトドアファンなら知っている『ホールアースカタログ』という一種のカタログ(WEB版がある!) は、非都市的文明のバイブルだった。カタログの作者はまっすぐスティーブ・ジョブスともつながっている。たぶんこういう世界の源流は、19世紀に出版されたソローの『ウォールデン 森の生活』だ。読んでみると思った以上に若い著者の中学生的な精神がそのまま出ていておどろくんだが、丁寧な自然描写と、色んな意味で汚れがないピュアな生き方へのあこがれ、体制への無条件の反発、代替医療への視線など、今のある種のエコ・ピープルのそのままのお手本になっている。
この物語の主人公クリスもその道をたどった。ベースになった実話は1990年代初期のアメリカだけどその精神はしっかり生きていたのだ。クリスは東部ヴァージニア州に生まれてアトランタの大学を優秀な成績で卒業した青年。しかし知的階級のリッチな家庭の内側は、そもそもの成立ちから実は不自然で、暴力的で殺伐とした空気に満ちていた。クリスは卒業と同時に貯金をほとんど慈善団体に寄付してしまい、親に行き先を告げないで旅に出る。アクシデントですぐに車をなくし、そこからはヒッチや列車の無賃乗車でひたすら旅を続ける。ヒッピーの夫婦としばらく一緒になったり、農家で働いたり、コミューンで美少女と仲良くなったり、元軍人の老人と触れ合ったりしながら2年近く旅を続けて、ついに目的地のアラスカの山林にたどりつく。そこで文字通りの「森の生活」を意気揚々とはじめるのだが・・・
ノンフィクション『荒野へ』に惚れたショーン・ペンが監督した本作は、主演がエミール・ハーシュ。後にショーン・ペンが主演した『ミルク』でも、主人公の片腕役で出ていた。見かけはぱっとしないのに妙なカリスマがあるキャラだった。この映画では本来のいい男ぶりもきちんと発揮している。野性味あふれる、ちびのディカプリオという感じで、この自分探し青年にそれなりの説得力を持たせているからさすが。終盤、森で食べ物がなくなり強烈にやせ細るのだが、これも伊勢谷a.k.a力石なみの18kgダウンで、人相まで変えてきている。
モデルになったクリス・マッカンドレス。このバスも出てくる
クリスは、すべてを捨てたついでに名前を捨てて、スーパートランプというバンドみたいな偽名で旅をする。旅の理由を農夫相手に語りはじめるのだが、それも底の浅い反体制、反資本主義のステレオタイプばかり。農夫に「お前はあたまでっかちだ」とさとされる。そんな青春の馬鹿さだけを体現している男なのかと思うと、実はそこがちがうのだ。彼は智者である。悩める中年ヒッピー夫婦には愛について哲学を語り、ふたりがやり直すきっかけを作って去っていく。老人に対しては行動してみよ、自分の世界の外へ出よ、などとありえない説教をかます。旅で出会ったひとびとに人生を教えられて成長していくのではなくて(結局彼の思想は出会いを通じてほとんど影響されない)、むしろ周囲の年長者に教訓を与えて去っていく。ヨーロッパの民話のようだ。旅のうつくしい若者が凡人たちにただしい道を示す。若者は神の使いで、物語の最後には美しい動物に変身したりする。クリスもそんな存在にさえ見える。そういう意味での地べたをはいつくばるような旅の話じゃない。一貫してスマートだ。
知性だけじゃない。コロラド河の激流をなんなくカヤックでクリヤーしたりしている。ふつういきなりできないよそれ。実は、彼は父親にアウトドアスキルを叩き込まれていたのだ。子供の頃から毎年ハードな山歩きをこなし、高校生で長い一人旅の経験もあった。(あと、映画には出てこないがちょっとした商売の才能も人並み以上にあった)。つまりこの旅は、ダメ男の自分探しじゃなく、ある種のエリートが何かの衝動で社会から出て行く一種のイニシエーションみたいなものなのだ。ブランドを起こしたアウトドアのカリスマたちも、ソローも、多分そういう人種。だから彼らは帰ってきたし、街場にいる凡人に影響をあたえることができたのだ。クリスもこうして一般人に影響をあたえた。その形はちがうけどね。
映画は一貫して、とにかく風景がうつくしい。つくづくアメリカ中西部の自然は広いね。いやになるようなスケールの大きさだ。美少女もふくめて美しく撮られているし、出てくるのも気持ちのいい人たちばかり。現代にもこんなファンタジーが成立するスペースがあるんだなあと思うと、いやたしかに広いよ。