ザ・バンク・ジョブ


<公式(英語)>
T-REXのGet it onではじまる。1971年にロンドンで実際に起きた銀行強奪事件をもとにしたクライムムービー。おなじイギリスの『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』によく似た雰囲気だ。たとえば冴えない野郎たちのチームがプロの犯罪者たちの間をくぐり抜けてそいつらを出し抜こうと…というプロット。昔なじみのダチがつるんで悪さをする。しかし根っからの犯罪者じゃないのでいろいろとドタバタして…というこの感じはある種のイギリス映画のジャンルなんだろうか。チームじゃないが『トレインスポッティング』も同年代がつるんでいる感じがあった。アメリカ映画であまり見かけないジャンルだ。犯罪物なんだけど無茶苦茶に暴力的でもない、どこかハッピーな雰囲気も、ロンドンのどんよりした空気感や街の色合いも、ジェイソン・ステイサムも共通の要素。『ロック、ストック』が好きな人なら楽しめる映画だ。
監督はベテランのロジャー・ドナルドソン。このサイトでいえば『世界最速のインディアン』の監督だ。ガイ・リッチーみたいにトリッキーな編集や見せ方をするタイプでもなく、オーソドックスな語り口でスムースに物語を理解させる。それから、これはサービスなのかなんなのかよくわからないが、ところどころにエロいシーンをはさみこんで、しかも親切にしばらく楽しませる。
物語は英国情報部の陰謀から始まる。主人公テリー(ジェイソン・ステイサム)たちはそうとは知らず彼らのもくろみどおり銀行強奪に乗り出す。間にはファム・ファタール的ないい女ももちろん絡んでくる。この女マルティーヌ役のサフロン・バロウズは身長183cm、モデル出身のジェイソンより背が高く、ロンドンの峰不二子役にはまりすぎなくらいはまっている。商売がうまくいかず借金に追われていたテリーはマルティーヌにの誘いに乗り、古い友達と計画に必要な前科者を集めてチームを結成。このチームも定石どおり甘い2枚目、間抜け、職人系オヤジ、紳士などキャラがかぶらない編成だ。前半は犯罪の準備と、ターゲットの銀行に関係があるプレイヤーたちが順に紹介される。ちょっと群像劇の雰囲気で、彼ら同士も少しずつ絡んで、後半の3すくみの伏線になる。

犯罪は、銀行の地下室にある貸金庫に、夜間、警報システムが休止している時に侵入するという計画。近所の店を借りて、銀行まで地下トンネルを掘る。映画ではそのあたりはさっさとすませて、すぐに到達したように描写する。じっさいは大事のはずだ。掘り出した土も店内に積んでいたがそれで済むとも思えない。豆知識だが切り崩した土は元の体積の2-3割増になるのだ。ただし監督によれば犯罪のディティールは記録にもとづいてけっこう忠実に再現しているそう。現場も同じ場所でロケーションし、忠実なオープンセットを作り、犯人たちが見張りと無線交信していた間抜けな会話もそのままだそうだ。とはいってもそこはエンタメなので、途中で警察が動き出していい感じにはらはらさせつつ、主人公たちのちょっとしたラブシーンを間にはさんでサービスしながら(メイクラブシーンも撮ったけどカットしたそうだ。なんでカット!)、無事強奪に成功する。
後半は強奪成功を知った情報部と、警察と、とんでもないものを奪われたことに気がついて慌てるプレイヤーたちが動き出して一気にスリリングな展開になる。情報部のエージェント役リチャード・リンターンがスマートかつ上品で、同時に嫌な感じもかもしだして実にいい。ポルノ映画監督役はデヴィッド・スーシェ、人間味のある悪役でこれもいい存在感。面白いのはプレイヤーたちが追うのがすべて「情報」だということ。圧倒的多数だったはずの現金や財宝の預け主の声は全く物語から排除されていて、それらはすべて犯人たちの報酬としてだけ扱われる。財宝はコモディティであり、情報は正当な所有者に帰すべきであるという価値観。ここから先はさすがにネタバレ自粛するが、二箇所だけ余計なシーンがある。ひとつは、追われる立場になったテリーがこっそり家族に会いにいって、「マルティーヌと寝た」とか告白して妻がきーきーいうシーン。さっき書いたように寝たシーン自体カットされているのでテリーの告白は観客にとっても「はァ?」なのだ。もうひとつはテリーが妙にヒーロー的な強さを発揮してしまうアクションシーン。たしかにカタルシスはあるが、この映画は冴えない男が社会的な力も暴力性もはるかに上の連中を頭ひとつで出し抜くという話なんだから、そこはなくてもいい。
主人公たちはイーストエンドで生まれ育った労働者階級。70年代風衣装がやけにお洒落なので普通に格好いいが、メーターを巻き戻すようなケチな中古車屋や、売れないカメラマンやポルノ俳優など、その階層を脱出するあてはまったくない。ヒロインのマルティーヌはメジャーなモデル仕事もしたけれど、そうとう突っ張っていないとまたずるずると落ちていく危機感を持っている。ましてや70年代後半のサッチャリズム以前の英国病どまんなかのイギリスだ。そんな彼らが手持ちのカードを精一杯使ってクールな情報部のエージェントと対等に交渉し、腐敗刑事や、上品な顔でスキャンダラスな生活をしている政治家などと対決する。そんな、日本人でもすごく分かりやすい、ある種典型的な義賊モノっぽい世界だ。ラストのBGMは分かりやすくビートルズのMoney.