ヘルボーイ・ゴールデンアーミー

<公式>(日本語公式ないの?)
ヘル・ボーイの原作コミックは1冊だけ持っている。『CONQUERE WORM』翻訳版だ。作者マイク・ミニョーラはギコギコしたシンプルな線と、スミベタの使い方が特徴の画風で、コミック1冊だけから判断するとモンスター+ミリタリーコミックがウリの世界だ。ギレルモ・デル・トロ監督のシリーズ2作目は、そこからはだいぶ離れて、『パンズ・ラビリンス』にもあったファンタジックな世界。監督はジャパニーズアニメにも影響された立派なオタク系クリエーターだ。それに20世紀前半イギリスのファンタジー作家へのオマージュが加わって、ちょっと高尚な香りもただよっている。
舞台は現代のNY。 原作からすると60過ぎのヘルボーイは、物語的には30くらいの人間に近いキャラクターで、なぜか後頭部がサムライヘアーで、超常現象捜査防衛局(BPRD)に所属し、住み込みで働いている。今回の敵はエルフの王子。エルフたちは、遠い過去に人間たちに対抗するため、ゴブリンが作ったマシン・ソルジャー「ゴールデン・アーミー」で戦い無敵を誇った。あまりの破壊力をきらったエルフの王は人間との和解の後、アーミーを封印した(巨神兵を思い出すね)。しかし人間の傲慢さは増すばかりで、エルフのすみかである森はどんどん失われて行く。あげくに王子はNYの下水施設の片隅でひっそり暮らす身の上になってしまった。彼は人間に復讐するためにゴールデン・アーミーを起動するキー(王冠のピース)を探し始める。
夏休み(本国)向け娯楽映画だから剣術バトル、昆虫恐怖系モンスター、プロレス的肉体バトル、巨大モンスター、クライマックスのゴールデン・アーミーや王子との戦いなど、アクションはてんこ盛りだ。しかしたぶん最大の見せ場は、ヘルボーイや同僚のエイブたちが潜入するトロールたちの地下世界シーンだろう。そこはケルト的モチーフにイスラムやアジアの街がミックスされた、猥雑で生気にみちた市場なのだ。モンスターがうようよではなくて、物語上いちばんいきいきした場所だ。ヘルボーイたちはヒーローものにはありがちだが、人間のために戦っているのに、人気者になることは許されず、ときにはモンスターとして恐れられるというジレンマを持っている。だから人間界よりトロールたちの世界のほうが、ある意味彼らにとっては「ホーム」なのだ。
この、モンスターのほうが感情移入できるキャラクターで、正義が彼らの側にあるようにも見え、人間の文明は彼らを圧迫しつづける罪深いものだ、という世界観は宮崎駿でもおなじみだ。一番明確なのが樹木の精霊との対決シーンだ。精霊は「ジャックと豆の木」イメージを取り入れた巨大モンスターだけれど少しも怖くなく、むしろ悲劇的な存在だ。そしてシーンのラストは「森の再生」的なアメリカ映画らしくないイメージがひろがる。「もののけ姫」を思い出さずにはいられない。監督はコメンタリーで「いやいやエコだと思って欲しくない」と言うけれど、エコロジー思想がすでにベースになった、今の時代感覚から出てくるシーンなのは言うまでもない。
監督は「理想を持っているのは敵役のほうで、ヒーローはビジョンを持たないし迷いもある、ふつうの人間臭いヤツなんだ」という。じっさい、ヘルボーイにはやたらと人間臭い、いや所帯くさいエピソードさえ加えられていて、それが物語の裏テーマになっている。相棒エイブもロメオとジュリエット的恋、という、このうえなく人間臭いエピソードで花を添える。そして二人でビールを飲んでバリー・マニロウのヒット曲を歌うのだ。特殊メイクで表情を全く作れない二人が人間らしい感情表現をしてのけたことを監督は絶賛している。エイブ役のダグ・ジョーンズは『パンズ』でも名演した。素でもちょっと特殊風貌の役者で、パントマイマーだったというから納得せざるを得ない。あとは人間味のなさをビジュアル化したスチームパンク上司クラウスが笑いをそえるが、彼も人間味あふれる方向に変わっていく。
 ヘルボーイ原作の絵。

映像は、特殊メイクとCGと大道具が入り乱れた豪華な今風画面。しかし最近のハリウッドスーパーヒーロー物の半分しか予算がなくてそうとう節約に苦労したそうだ。NYの街中シーンはブダペストプラハでロケし、背景にビルを合成したもの。東欧ってロケしやすいんだね。エルフの王子と王の対決シーンは廃ガス工場をほとんどそのまま使って撮影。
監督は画面のテーマ・色をとても明確にデザインしていて、・人間界=冷たくて生気に欠けるブルー〜ブラック基調、直線的なモチーフ主体 トロール=暖色中心で、アーチなど曲線主体 ・エルフ界=赤・金主体。最初のシーンは廃工場ロケ、クライマックスは宮崎駿めいた歯車巨大メカなど、メカっぽい世界。エイブと心が通じる王女は、彼と共通するブルーをイメージカラーに持つ というふうに、ぱっと見てシーンごとのイメージが感じ取れるようにしている。敵の主人公エルフの王子スタントは元オリンピック体操選手で、床をトランポリンにして撮影。音楽はアカデミーを何度も取っているダニー・エルフマン。録音は最近売却が発表されたアビーロード・スタジオだったそうだ。
トータルでいうと世界観やストーリー、設定は気軽に楽しめる娯楽映画そのものだが、ビジュアルイメージの参照元が広く、クラシックな方向へも広がっているのでそのあたりがこのファンタジー世界に厚みを与えているという感じか。
結論。『善兵衛のコミックオタク&ヨーロッパ神話好きにササる一作!』