ジプシー・キャラバン


公式サイト
参考:wikipedia:ロマ


インド北部から11世紀頃旅に出て、今では世界各地に広がって住んでいる民族、ロマ(ジプシー)。かれら独特の音楽スタイルは、さまざまな民族音楽やクラシックやポップミュージックに影響をあたえている。アラブ、東欧、スパニッシュ、ラテン・・・ そんな各国のロマのミュージシャンたちがが国籍をこえて集まって、善兵衛じゃない全米をツアーしてまわる。そのドキュメンタリーがこの映画だ。この映画のたぶん下じきに1993年の『ラッチョ・ドローム』などトニー・ガリフの作品がある。

ロマは本質的に旅する人たちだ。そしてこの映画も旅の記録だ。東海岸からはじまった全米ツアーは、一台のバスに全員が楽器もろとも乗り込んで、最期は疲労困憊のなか、サンフランシスコ(たしか)でおわる。 根っからのミュージシャンである彼らはホテルのロビーだろうと路上だろうとすぐに楽器を取り出して弾きはじめてしまう。
狭いバスで何週間も旅をする、タイトなスケジュールのライブ。そこに当然おこるだろう摩擦やもめごとはいっさい描かれない。彼らは仲良しだ。しかも旅が進むにつれて家族のようになる。インド人の若者がマケドニアのディーヴァと談笑し、インドのバンドはフラメンコと共演するようになる。それはほんとうのことでもあるだろうし、監督の描き方でもあるだろう。言葉もろくに通じない彼らは、数世紀にわたって差別されてきた、民族の誇りみたいな一点を手がかりにだんだんと理解しあっていく。音楽にもノリやこぶしみたいなところに通じるものが見えてくるようになる。だからか、ルーツであるインド、ラジャスタンの音楽に、ヨーロッパのミュージシャンたちがどことなくリスペクトを持っているように見える。

ツアーの映像と交互にミュージシャンたちのふるさとを監督がたずねるシーンがはいる。このあたりのテイストは『ブエナ・ビスタ・ソーシャルクラブ』を思い出させる。故郷の町の風景のなかにいるミュージシャンたちはだれも魅力的だ。
出演者のなかでたぶん一番のビッグネームがマケドニアのビッグママ的ディーヴァ。長いことスターであった彼女がツアーの精神的リーダーでもある。彼女と双璧のビッグママ資質をみせるのがアンダルシアのフラメンコシンガー。ツアー全体がこうした母系氏族的な雰囲気につつまれているのがどことない平和さの理由のひとつかもしれない。
対照的に味のあるおっさんぶりを遺憾なく発揮するのがルーマニアのチョチェク(ブラスバンド)と弦楽器バンドのミュージシャンたちだ。チョチェクはバルカンから東欧まで、オスマントルコ時代のマーチングバンドを祖先にもつ超高速ブラス。旧ユーゴの映画『黒猫・白猫』にもでてくる。結婚式や誕生日にも呼ばれていって吹く。そういえばバンドメンバーの息子が結婚するシーンがあった。相手は13歳か14歳の少女。あたりまえのように婚礼の化粧をしていたけれど、なんとなく民族の置かれている立場がわかるだろう。結婚して学校に行き続ける可能性は低い。とうぜん家事の担い手になるはずだ。
そしてラジャスタンの女形ダンサー。妖艶な女装をしてくるくると回る。彼はたぶんストレートだろうけれど、「芸能」というもののなんともいえない奥深さを感じてしまう。彼の過去の先輩たちは、女形として踊り以外にも何かを提供していたんだろうか。

監督はインドにルーツを持つイギリスの女性監督ジャスミン・デラル。彼女は明快にこの映画の目的を「ロマに対する差別にたいして真実を見てもらうことで先入観を変えてもらう」ことだと言っている。とはいえ前に紹介した『ヴィットリオ広場のオーケストラ』のディレクターみたいな押し付けコンセプト的な雰囲気はなく、好感がもてる。『ヴィットリオ』に較べると映画的な完成度もぜんぜん上だ。

結論。『善兵衛高評価だが、ワールドミュージックに興味がないと微妙かも』