天国と地獄


wikipedia:天国と地獄_(映画)

前半は子供が誘拐され、犯人がどう出てくるかわからないなかで、社内抗争で一世一代の勝負をかけようとしていた三船敏郎が苦悩する。身代金を払ってしまうと株を買い占めて取締役会を支配する彼のプランが崩壊するからだ。それはもう古典劇そのもので、このうえなく重厚に苦悩する。全盛期の三船の重量感、人としての厚み感はただごとでないものがあり、素人がちょっとやそっとの危機におちいってもこれほど重厚に苦悩することは到底不可能だ。
しかしここも黒澤っぽいともいえるのだが、悩み、追い詰められる三船だけれど、本質的に楽天的な存在であり陽のエナジーに満ち溢れている。あまりにも正のオーラを発しているので、観客はこのエナジーにあてられて、彼が窮地を脱していくことはまずまちがいないだろうと根拠のない安心感さえいだくことになる。それにしても、黒澤の演出は現代劇の微妙な描写にはあまり冴えを見せない。やや時代のせいもあるんだろうけれど、家庭内の会話など、やはり芝居がくどい。ある種大根ですらある。

刑事である仲代達也たちの協力を得て、途中から誘拐劇は犯人を追う追走劇に変わる。三船はビジネスマンとしては辛酸をなめることになるが、子供を無事取り返し徐々に犯人像が浮かんでいく展開で、リードしている試合を見ているようなわくわく感になる。前半、動きが取れなかった三船と刑事たちの閉塞感そのままに、ほとんどのシーンは三船の家の中で展開していたのにくらべ、中盤からは東海道線に乗って身代金を引き渡したり、子供を救出したり、腰越に移動して犯人を追ったり、と外部のロケや移動が増えて画面がダイナミックになり、シーン自体も広がりを見せてくる。なぞ解きのなかでモノクロに一箇所だけカラーで着色されてるえぐいシーンがある。これも有名なシーンで、そのあと時々使われた。

そしてある時点、謎解きがほぼ終了するとカメラは犯人を追って、横浜アンダーワールドの苦界巡りをはじめる。黄金町のわいざつなエリア、そして売春窟やヤク中のたむろするエリアを、異様に明暗のコントラストを強めたバロック的な画面で、リアリスティックというよりはちょっとドラマチックすぎるくらいに映し出す。そして山崎努の狂演にあてられて、黒澤がプランを変更したというプチ伝説のラストへ・・・

全体にリズムがたれることもなく、かったるさを覚えることはみじんもない。画面の古さに拒否反応がある人なら別だけれど、ふつうのエンターティメントとしておすすめだ。古いといってもロケ地は横浜、鎌倉(腰越)などおなじみの場所がつぎつぎ出てきて、画面にもけっこう手がかりがあるから、土地勘がある人にはそっち方面も面白い。これについては完璧すぎるサイトがあるので興味のある人はこっちでね。

結論。『善兵衛推奨のクラシック・エンターティメント!』